猩々緋の時
     
            1778年v
  
                                 



   カツカツカツカツ。。。 
  
  薄い赤のリボンでしばられた、軽いウエーブを持つ漆黒の髪をゆらしながら、
  
  アンドレは、ベルサイユ宮・大共同館の2階の廊下を足早に歩いていた。 
  
  ココに来るまでに、宮中はもとより、近衛連隊本部、詰め所、練兵場、教練室、武器庫、
  
  探している相手がいそうな場所をまわりにまわった。
  
  本格的な夏までは、もう少しあるのに汗がにじむ。
  
  宮廷人に許されたこの居室に、部屋のヌシがいなければ、

  もうどこを探してよいのか途方にくれる。
  
  「はぁ。。。」 
  
  ドアの前でため息をつき、祈るようにドアをノックする。
  
  コン・コン・コン・・・。
  『・・・・・・・・・・・・・』

  返事がない。

  彼の従僕もいないのだろうか?

  「くそっ、ことづけも出来やしないっ!」

  悪態をつきながらメモでも挟もうかと、ドアのそばでゴソゴソしていると、

  腕がノブにあたり、『ちゃっ』と、軽い音がした。

  ん?と、アンドレは、とってにゆっくり手をかける。・・・と、鍵はかかっておらず、
 
  あっさりとドアが開いた。


  「ランベルク少将、いらっしゃるんですか?」

  少し不機嫌な声で、探す相手の名を呼んだ。

  『・・・・・・・・・・・・・・・』

  返事がない。

  1歩、2歩と足を踏み入れ、部屋を見渡すと、

  窓に向けておかれた、長椅子から、自分と同じ漆黒のアタマが覗いているのを見つけた。

  「ランベルク少将!
   ・・・っ!ユーグ!!!
   寝てるのか?!」
 
  アンドレは、ダンダンと足を踏み鳴らしながら長椅子に近寄った。

  「旦那さまが・・・、ジャルジェ将軍がカンカンだ!!!
   どうして小膳式に出席しなかったんですか?
   今日は、陛下に旦那さまと呼ばれていたんでしょう?
   それをすっぽかすなんて・・・!!!
   ユーーーーーーーーーーーグっっ!!!」

  長椅子に回りこんで、アンドレは、グッと息を呑んだ。

  長いストレートの黒髪をさらりと広げ、

  薄い唇に人差し指をたててゆったりと微笑んでいるその人の腕には、

  くったりとした妙齢の貴婦人が抱えられていた。

  「シッ。静かに。」

  「な・・・ナニしてるんですかっ?!」

  アンドレは口をパクパクさせながら、小さくない声で叫んだ。

  「俺にもよくわからないんだ。
   突然このご夫人が俺の部屋に押し入ってきて、
   興奮なさっていらっしゃったから、
   少々お相手させていただいたんだか。。。
   気を失ってしまわれた。」

  『ど・・・どんな相手をしたんだ!
   どんな〜〜〜っ!!!』

  長椅子の足元には、なんだか、淫らに丸まっている、布ッキレが落ちていた。

  アンドレは、昼まッパラから
このヘンタイ!と、なじってやろうかと思ったが、
 
  ユーグの衣服もご夫人の衣服も、外から見る限りは、寸分たりとも乱れておらず、
 
  当の本人はシレッとしている。

  しかし、ご夫人の髪は、ただおしゃべりをしただけにしては、

  とてもほつれており、やはり弁解の余地はないように思える。

  「少将は、宮廷に上がってらっしゃる時は、髪を結わえておいでですよね!
   今日はどうなさったんですか?」
 
  アンドレは、その夫人が気を失いながらもしっかりと握り締めているリボンと、
  
  真っ直ぐに肩の下まで伸びて、夫人の髪とは対象的に少しも乱れていない、

  艶やかに光る彼の黒髪を交互に見ながら、嫌味タップリに言い放った。

  「あ・・・ああ。
   ほどかれてしまったようだな。
   実は、コレを返してもらえないから、困っていたんだ」

  悪びれなく返事をし、リボンを放さない女のほつれた髪をなでつけてやる。

  彼の指が、女の耳元をたどった時、彼女の目が、うっすらと開いた。

  その瞳は、優しい指の持ち主をみとめ、うっとりとした。

  そして彼女の指がユーグの指をせつなげに追いとらえようとした瞬間、

  「
オホンっ!!!

  再開されたらたまらない・・・!・・・と、アンドレは、あわてて咳払いをする。

  気を失う前にはいなかったこの部屋の3人目の人物に気づいた彼女は、
  
  真っ赤になって立ち上がり、扇を取り出し顔を隠してそっぽを向いた。

  アンドレも心得たもので、腰を深く折って、優雅に頭を垂れ、

  彼女がサッサと出て行ってくれるのを待った。

  こんなシーン、ベルサイユでは珍しくもなんともない。もう慣れたものだ。

  名残惜しそうな貴婦人の手を取り、ユーグはドアまで誘導する。

  「さあ、お優しい貴女。
   もう、間違いはおこさないでください。
   貴女のお優しさをどうかご夫君に・・・」

  そういうと、ユーグは彼女を簡単にドアから押し出し、ガチャリと閉めた。

  最後に彼女の手に軽く接吻し、そこから自分のリボンをスッと抜き取りながら。


  彼は、取り返したリボンをパンパンと2回ほど振って、ピンっとのばし、

  振り向きながら髪を結わえた。

  サラサラの髪を絹のリボンで結わえてもスルリとぬけそうだが、

  タップリある黒髪をキュッと括り、朱色のチョウチョがしっかりと定位置におさまった。

  そのまま彼は、ゆったりとした足取りで、デスクに向かう。

  長椅子とデスク、奥の間にはベッドとサイドテーブル。

  そして、生活に最低限の家具。

  あまり華美なものを置いていないこの部屋は、オスカルの居室に似ている。

  いや、オスカルの父親、ジャルジェ将軍の居室にそっくりであった。

  モチロン、ひとつひとつの仕様は凝りに凝ったモノで、

  自分の部屋のものとはゼンゼン違うが、

  自分の部屋にも似ているこの居室の雰囲気は、

  居心地の悪い場所ではなかった。

  「さあ、アンドレ、行こうか?
   将軍はどちらでお待ちかな?」

  デスクからサーベルと手袋をとりあげる彼がそういうと、

  さんざん探し回った相手に対する用件を忘れていた自分にハッとして、口を動かした。

  「ランベルク少将!
   勝手な行動は謹んでいただきたい!
   そのせいで、俺は旦那さまから八つ当たりをうけて、
   そこらじゅう走り回って!
   あなたが、チャラチャラしてるのは、周知の事実だが、
   公務まで放り出すなんて・・・、
   まさか、あなたが・・・と思っていたから、
   なにかあったのかと、俺は少し心配してたのに!」

  「ああ、悪かった・悪かった許せアンドレ!
   今度、また、イイモン奢るから!」

  「ユーグのイイモンなんか、真っ平だっ!」

  「あはははは・・・!
   昔は、よく行ったじゃないか。
   ここ数年、付き合い悪いぞ、アンドレ。
   趣味が変わったのか?」

  「はんっ!」

  「ま、いいさ。とにかく急いだほうがいいんだろう?」

  そういうと、ユーグは先ほどの貴婦人にしたのと同じように、

  アンドレの肩をとってドアに向かった。

  そのしぐさにムッとしたアンドレは 
 
  肩にかかった手を振り解きながら、ドアを抜けて、ズンズン先に進んでいった。

  そんな背中を見、フっと笑みをこぼし、ユーグは後を悠然と歩いた。





  「今日は、別行動か?」

  旦那さまのいらっしゃるジャルジェ家へ、いそいで向かうため、

  アンドレは一般道を選ばずに、イライラと木立をショートカットしているというのに、

  ユーグはノンキに木々を見渡しながら悠々と歩き、話しかけてくる。

  『誰のせいでオスカルをほっぽって、奔走したと思っているんだ!』

  アンドレは、少し睨みながら、振り返り、「早く!」 とせっついた。

  「オスカルは、ラファイエット候が宮廷にあがられるのを迎える為に、
   ホスト役をアントワネットさまに要請されて、借り出されてます。」

  「ああ、ラファイエット候の・・・。
   アメリカから一時帰国されたのだな。
   陛下に、アメリカについて参戦するように進言していると聞くが・・・」

  「う・・・ん。オスカルはあまり賛成ではないようだ。
   彼のいうところの精神は素晴しいが、
   今のわが国の財政を考えると、
   この戦争が有益なものだとは思えないと。」

  「ははっ!素晴しい精神?
   どうだかね。ヨソのお国の独立の手助け・・・ご立派なこった。
   『アメリカの大儀の為』、自由主義の体現か?
   自腹切って、自分の満足を満たす為にアメリカに乗り込むのは勝手だが、
   彼の名誉欲は、国を巻き込んで満たされたいようだな。」

  「候が昨年、陛下の渡航禁止令を無視してまで、新大陸に向かわれたのには、
   ビックリしたが・・・。
   陛下も、今は、彼に興味を持たれて、耳を傾けておられるご様子だ。」

  「は。宮廷のはみ出しモノが、随分な変わりようだな。」 

  興味のない事には、当たり障りのないことしか口にしない彼が、

  辛らつな意見を述べる。

  「ユーグ・・・」
  
  相槌を打つのにためらう内容に、アンドレは少し困った顔をした。
  
  ユーグはそのまま何かに考えをめぐらして、口をつぐんでしまった。

  
  ユーグ・ド・ランベルク伯爵
  
  官位は少尉、ジャルジェ将軍の直属の部下で総司令官補佐、近衛に配属。

  ’ジャルジェ将軍の懐刀’として旦那さまに目をかけられ、
  
  ジャルジェ家にも頻繁に出入りしている。

  真面目でどちらかというと単純なアンドレは、彼といると調子が狂う。

  あと1年もしたら30歳になるというのに彼は、まだ独身で、気軽な生活をしていた。

  正確にはワケありの許婚がいるのだが、

  その事実は公表されておらず、数人を除いて知る人はいない。

  飛び切り美しい婚約者なのだが・・・。

  彼は、パッと見、とても若く見えるのに、その貫禄ともいえる動作や、

  口を開くと相手をのらりくらりとやり過ごすヨユウがあって、

  彼の年齢を推測しにくいものにしていた。

  『これで、浮ついた所がなけりゃ、尊敬もできるんだけどな
   ほんと、来るもの拒まず、去るもの追わず。。。見境ないんだから。』

  マジマジとその横顔を眺めているアンドレにユーグが気づき、

  にっ。。。と笑った。

  『あ、ヤナ笑い!』アンドレがそう思った瞬間、

  「んん?
   そんなに見つめて・・・
   俺も好きだよアンドレ」

  肩を抱かれて引き寄せられ耳元に唇をあてられた。

  「ぎゃーーーーーーーーーー!」 

  突き放そうとしても、自分と同じくらいのガタイに抱きつかれては、

  並みの力ではどうしようもない。

  「やっと俺の気持ちが通じたか?
   ん??嬉しいよ、アンドレ」

  「ばっばかっっ!!!
   やめろーーーっ!!!」

  渾身の力を振り絞って振り払おうとしたら、足がもつれてそのまま地面に倒れこんだ。

  全体重をかけられ、足も腰も腕も押さえつけられる。

  上半身を起こした彼の顔から、

  リボンではマトメ切れなかった、いくスジかの髪の毛がこぼれ、

  パラパラパラ・・・と自分の顔にかかる。

  「じょ・・・冗談はよせ!!!」

  「そんなに照れなくてもいいじゃないか。
   可愛いなぁ、アンドレ。」

  『ひーーーーーーーーー。』

  柔らかい微笑を浮かべたユーグの顔が近づく。
  
  『ううう・・・やられるっ!』

  いつものからかい半分だとはわかっていても、男にちゅーされるなんてっ、

  「お・・・俺は、冗談でも、なんでも、男にされるくらいなら、
   おばあちゃんみたいなのでも、女を選ぶっ!!!」

  「くすくす。。。ばあやさんに俺は負けるのか。。。傷つくなぁ。」

  「わーーーっ!頼む、ヤメテクレ!
   こないだされた時、あの後、2週間、俺、萎えてたんだぞーーーっっ!!!」

  涙目になりながら、自分の唇の貞操の危機を感じアンドレが必死に抵抗していると、

  押さえ込まれた頭上から、

  「ナニしてるんだ?」

  天の声が聞こえた。

  「お・お・おおお・・・オスカルーーーーーーっ!!!」
 
  白い愛馬の手綱を引きながら、深紅の軍服に身を包んだ近衛連隊長が立っていた。



  ユーグに開放されたアンドレは、半べそかきながら、オスカルの後ろに隠れた。

  「ったく、ユーグ、アンドレをからかうのはやめていただきたい!」
   こいつは、貴方とは違うんだ。」

  オスカルはアンドレを庇うようにしてユーグに言った。

  「ほーーー。俺と違う。。。ねぇ〜
   品行方正だ、とでもいいたいのかな?」

  ニヤニヤと、アンドレに視線を送り、ソレを受けたアンドレは、

  ユーグが余計な事を口にしないかと、冷や冷やした。

  「ま、いっか。
   で、オスカル、何故こんなところに?
   アントワネットさまに呼び出されていたのではないのか?
   ラファイエット候を迎えて忙しいとアンドレに聞いたが。」

  「本日は、晩餐会はご遠慮した。
   父上も母上も屋敷に戻られるので、自宅でゆっくりするつもりだ。
   ラファイエット候のお相手は海軍の将校の方が、アチラも喜ばれるしな」

  オスカルの口はいつになく重い。

  「オスカル?」アンドレが顔覗き込んで心配そうに声をかける。

  「なんだ、気に入らない事でもあったのか?」 それに気づき、ユーグが聞いた。

  「ん・・・いや、戦争が始まるかもしれん。」

  「お前の見解は、アントワネットさまに申し上げたのか?」

  「もちろんだ。
   しかし、わたしの言葉は、いつもなかなか届かないんだ」

  フフ・・・っと、自嘲気味ににオスカルが笑う。

  「お前の言う事は聞かなくても、
   お前の友達のあの北欧の貴公子に言ってもらったらどうだ?
   ふ・・・結構、効力あるンじゃないのか?」

  少し色を臭わすような彼の口調に、一瞬、不快感を表す眼差しを投げたが、

  その瞳も曇り、うつむいてしまう。

  「フェルゼンも・・・フェルゼン伯もなぜだか、反対ではないようなンだ。」

  「ははは!所詮は、ヤツも外国人か!
   フランスの国庫のコトなんかおかまいなしだ。」

  「ユーグ!」アンドレがさえぎるように口をはさむ。

  「そうだろう?
   女のことには一生懸命なっても、国のことまでは考えてくれまい。」

  『なんでだ?
   今日のユーグはいつもと違う。。。どうしてこんなにからむのだろう?』

  アンドレはいつもより毒舌なユーグに、

  オスカルがいつブチ切れるかハラハラした。

  「・・・・・・フェルゼンはそんないい加減な男ではない。」

  「ふっ。 
   まっ、女なんてモンは、金より、国より、出世より、ナニより、
   自分を一番に扱ってくれる男にクラっときたりするんだろうがな。
   恵まれた贅沢な女に限って、そうゆーモンだ。」

  「ユーグ、それは、かのかたを侮辱しているのか?」

  オスカルの拳に力が入る。

  「一般論だ!一般論。
   男でもなく、ましてや女にもなりきっていないお前には、
   まだ、解ンないだろうがな・・・」

  
がっっ!

  オスカルの後ろから知らぬ間に出てきていたアンドレの拳が、

  ユーグの左頬に入っていた。

  「オスカルはオスカルだ!!!
   オスカルを侮辱するヤツは許さないっ!!
   たとえ、あなたでも・・・だっ!!!」
   
  腹と喉頭に力の入った、くぐもった声が地を這うように響く。  
  
  アンドレは静かに怒っていた。

  『この人は、なんだってオスカルの一番気に障ることをあえて言うのだろう?
   オスカルは、女だ。
   それは貴方にとって一番そうでなければならない存在だろうに。
   いくら親同士がきめた事とはいえ、
   オスカルは貴方の・・・
   ・・・許嫁なのだから・・・!』
  



 NEXT


無謀にはじめてしまったつづきもの・・・(^^;。
よろしければ、お付き合いくださいませませ。
               京都府南部たんぽぽのTOP
06/06/03 UP
SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO