猩々緋の時
     
           1778年v
06/18/03 UP

                       


  「・・・ったく・・・
    なんだ?
    どうした、今日はエラク血の気が多いな。」
  
  ユーグは、口の端が少し切れ滲んだ血を舌先で舐め取り、ぷっと小さく吐いた。

  「今日、ヘンなのはユーグだろ!?
    仕事を放り出すわ、人に絡むわ、一体・・・」
  
  「もういい、アンドレ。」

   オスカルは冷めた顔でアンドレを制した。
  
  「オスカル!」

  口惜しそうなアンドレと、その顔を見て、フッと軽く微笑むオスカル。

  「わたしは、先に行く。」

  そういうと、オスカルは節目がちに愛馬を引きながら歩き出し、
  
  木々の間隔が疎になったところで、ヒラリと馬上にまたがり、

  馬をかけて行ってしまった。

  「ふ〜ん。」

  遠ざかるオスカルを見て、ユーグは一人でなにやら納得している。

  「なにが、’ふ〜ん’なんですかっ?」

  そんなユーグに対し、アンドレはまだ怒りをおさめられず、ぎっと睨む。
  
  「いや、お前のお姫さんも、少しは成長なさったのかと思ってね。」

  「・・・・・・・・・・・」

  「ま、今までそういうことを意識せずにやれてこれたのが、
   不思議だったんだがな。
   たいしたヤツだよ、まったく。」

  「そういうことって、ナンですか。」
 
  ムスっとアンドレが聞き返す。

  「そういうことは、そういうことだ。」

  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

  「・・・と、いうことで、今日は俺も失礼するよ」

  「へ?・・・どういうことですかっ!」

  アンドレはユーグが言わんとしていることを汲み取ろうと、
  
  頭を動かしていたが、急に現実問題に引き戻され、ハッとした。
  
  「この顔で、ノコノコ行って、将軍にヘタな言い訳させる気か?」

  ユーグは顎をシャクッテ、傷口をさすって見せた。

  うっ・・・と、アンドレは言葉につまる。
  
  たいした傷ではないが、今は生々しすぎる。

  「ごめん。。。ユーグ」
 
  「あはは!
   いや、俺が悪かったよ、アンドレ。すまなかった。」

  アンドレの素直さに、ユーグの表情がイッキにゆるむ。

  「ま、お前も、イロイロ大変だろうが、しっかりお役目、果たしてくれ。
   あんまり、考えるなよ!
   最近、本当に付き合い悪いから、よくわからんが、、、
   また、近いうちにゆっくりしようじゃないか。」

  「う・・・ん」

  「オスカルにも、悪かったと謝っておいてくれ。
   それと、白夜の国の王子様とばかりつるんでないで、
   たまには俺にもつきあえってな!」

  「・・・ユーグはずるい・・・」

  「え?」

  「アンだけ好き勝手言っといて、
   でも自分が頭を下げたら、ほとんどの人が許してしまうってこと、
   知っててやってる!」

  「ふふふ・・・俺なんかに、みんなムキになっても仕方ないだけだろ?
   ・・・それより、ムキになるっていえば・・・」

  ユーグの顔が少しくもる。

  「しつこくまとわりついている、あの一派。
   大丈夫か?
   ジャルジェ将軍の周りでも、かなり、やつらの匂いがしているぞ。」

  ポリニャック夫人とその一派の謀は、
  
  当初、自分の利権の妨害となるオスカルに向けての、度を越した敵意だったが、

  最近では、ロザリーの親権にからみ、事はさらに複雑になってきている。

  「うん。
   オスカルはああいうやつだから、ロザリーを手放すツモリは無いと思う。
   どんなに風当たりが強くなっても。
   ロザリーも・・・」

  「なんだか、ややこしい話だそうだな。
   実の親を憎まねばならないとは・・・」

  「ロザリーは一生、オスカルに仕えたいと言っている。」

  ロザリーのオスカルに対する出口の無い気持ちを知り、
  
  また、オスカルも大切にしている彼女に出口を作ってやれないという、

  双方のつらい想いを知るアンドレは口が重くなる。

  「あはは!一生仕える?
   お前じゃあるまいし! アンドレ2号か?
   あはははははは!」

  アンドレのムッとした顔を横目で見ながらも、

  彼はお構いなしで話をつづける。
  
  「あの夢見る夢子ちゃんのことなら、心配イラナイと思うけどな。
   今、放り出しても、あの娘ならたくましくやっていくだろうよ。」

  ユーグはサラリと言った。

  「ユーグ!」

  また、毒舌モードに切り替わったのか?・・・とアンドレは目をむく。

  「いや、ほめてるツモリなんだが。。。
   彼女は、恵まれて贅沢を尽くした女ではないということさ。
   いつか、ちゃんと夢から覚めるハズ。
   それに、いくらオスカルでも、
   そこまでの気持ちは受け止めてやれないだろう?」

  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
  『この男は、2人のことをどこまで解って喋っているのだろう・・・』
 
  アンドレはどう返していいかわからない。

  「まさか、あれだけ仕事でもなんでもこなすヤツが、
   そのことで初めて、’女だから’の限界を感じてるンじゃないだろうな?」

  「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

  「・・・って・・・そうなのか?
   あはは!!!ヘンなトコでも真面目だなっ」

  「ユーグは、人の心がよく解るんだな、ココロの哲学者になればイインだ。」

  アンドレはなんでも見透かしたように話をするユーグに嫌味を言った。

  「ふふ。俺の悪い癖だな。
   よく知りもせずに、解ったようなことを言っていると、嫌われるか?
   俺は、お前に嫌われるのだけは、ゴメンだな。
   悪かったよ。」

  そういうと、アンドレの頬に軽くキスをして、きびすを返し今来た道を反対に歩き出した。

  「ユーグっ!」

  頬っぺたを押さえてアンドレが叫ぶ。

  「ははっ!俺を殴ったお返しだ!
   とにかく、あの一派には気をつけろよ!
   お前の役目はハードだからなっ」

  振り向きもせず、手をヒラヒラと振りながら、ユーグは木々の間に消えていった。

  煙に巻かれたようにポツンと取り残されるアンドレ。

  「黒ダヌキ!」

  口の中でモゴっと言って気分を切り替えるしかなかった。
  
  よ〜く考えたら、アンドレのパンチをユーグがかわせないはずも無かった。
  
  一体、ドコからが、彼の策なのであろうか。

  『ああ・・・旦那さまになんて説明したらいいんだ・・・
   結局、俺がユーグの尻拭いだ。』

  アンドレは、かかなくてよい汗をかきながら、お屋敷に向かって走り出した。

  
  *********

  その晩、ジャルジェ家は、久しぶりに賑やかだった。

  旦那さまも奥様もいらっしゃり、オスカルも寛いだ顔をして食事をした。

  旦那さまが招いていた数人の若い部下たちの為に、奥様自らデザートを振舞われた。

  使用人たちも、活気付き、裏舞台も盛り上がっていた。 

  特に女性陣は、最近、宮中に留まることの多いオスカルに加え、

  若い将校たちを間近に見れて、浮き足立っていた。

  俺は、初めのうちは、かしこまって給仕の手伝いをしていたが、

  酒が入って皆がいい気分になる頃には、

  ゲストの輪に引きずり込まれ、杯を無理やり押し付けられていた。


  今日はいないけど、ユーグを初め、旦那さまが目をかけて呼ばれる若いゲストたちは、

  皆、俺にも親切だった。仕事で顔を合わせることもあり、懇意にしてくれる。

  おばあちゃんは、調子に乗るんじゃないよっ、て、釘を刺す。

  わかっているよ。

  みんなが親切にしてくれているのは、旦那さまやオスカルの近くにいるから。

  身分不相応だってことは、よ〜くわかっている。

  だから、サンの線で頑張ってるんだけどな。

  
  俺が宴に引きずり込まれる頃には、

  旦那さまと奥様は自室に戻られ、オスカルがホスト役を引き継いだ。

  オスカルの横に控えてコマゴマ動いているロザリーは、

  おもちゃにされている俺を見て、クスクス笑っている。

    
  心を許しあえる人たちとの楽しいひと時だった。

  宮中で、常に陰謀にアンテナを張っていなければならない、

  人との交わりとは、ゼンゼン違う。

  
  世の中にはイイ人がいっぱいいる。

  なのに、なんで、いがみあったり、憎しみあったり、

  陥れあったりしなきゃなんないのかな。

  俺自身は、見栄を張るだけの身分も財産も持ち合わせていないので、

  この世界を理解するのに、少し時間がかかった。

  体面・利益・権力・・・ねたみ・嫉妬・中傷・・・

  ややこしいモノの為に思考や体力や精神力を使うのには、今でもうんざりする。

  俺は、ジャルジェ家に守られているから、こんな甘いことが言えるんだろうケド。

  それは、俺が引き起こしたいくつかの失敗で、痛いほど思い知った。

  甘いことを言ってられない。

  10代の頃は、旦那さまに、顔を見るたび、

  もっと緊張感を持てと注意された。

  今でも、時々、カツを入れられる。

  でも、その回数は随分減ったんだ。ちょっとは俺も、成長しているのだろうか。
 
 
  楽しい時間はスグ過ぎる。

  ゲストが引き上げ、使用人たちが、広間を片付けはじめる。

  ロザリーがオスカルにお茶を用意した時、アイツの姿が消えていることに気づいた。

  「オスカル様・・・もうお部屋に戻られて、お休みになったのかしら・・・」
  
  ロザリーは、様子を伺いに、アイツの部屋に向かった。

  俺は、アイツがぼんやり過ごす為によくいる、中庭に続くテラスを見に行った。


  いつもと同じようにアイツがいた。

  正確に切り取られ規則正しく組んで作られたオープンな石壁の低くなった所に腰かけて。

  夏を迎える為に青々と繁る低木がアイツのそばで風に揺れる。

  くぼ地に置いた柴の束も、ゲストが帰った後、火は消されて、

  灯りという灯りはそうないのに、 

  オスカルの周りは月の光に照らされてうっすらと輝いていた。

  声をかけるのをためらってしまう。

  それほどに、侵しがたい空間だった。

  最近のオスカルは、益々美しくなった。

  毎日見ていても、思い知らされる外見の変化。

  いや・・・容貌の美しさだけではない。

  オスカルの中でも小さな変化がはじまっている。

  決して俺には打ち明けてくれない、小さな変化。

  アイツに女の月イチの煩わしさが訪れた時でさえ、

  「やっぱり、わたしは女だったみたいだぞ!
   メンド臭いが仕方ないなっ!」

  と、俺にアッケラかんと、言い放ったのに。

  俺のほうが、その意味を理解して、ちょっぴり引いたくらいだ。

  そして、それまでと何も変わらない日々だった。

  でも、今のオスカルは・・・。

  ロザリーの想いを受け止めてやれないだけではなく・・・。

  アイツに変化が起こったのは、あの人がフランスに戻ってからだ。

  かの方との事を心配し・・・
 
  ああ・・・、かのかたの『女の心』が理解できない・・・と漏らしていたな・・・。

  ・・・それだけか?


  
  俺はいつまで、俺の役目を続けられるのだろう・・・。





ACK<□>NEXT


 
  中途半端?
  ぅぅぅ。。。
  『俺の役目』が一番書きたかったエピソード。。。
  次に盛り込めるかしら。。。
  だらだら~~~っと、続きます。。。(^^;。
              京都府南部のたんぽぽTOP
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