2 「・・・ったく・・・ なんだ? どうした、今日はエラク血の気が多いな。」 ユーグは、口の端が少し切れ滲んだ血を舌先で舐め取り、ぷっと小さく吐いた。 「今日、ヘンなのはユーグだろ!? 仕事を放り出すわ、人に絡むわ、一体・・・」 「もういい、アンドレ。」 オスカルは冷めた顔でアンドレを制した。 「オスカル!」 口惜しそうなアンドレと、その顔を見て、フッと軽く微笑むオスカル。 「わたしは、先に行く。」 そういうと、オスカルは節目がちに愛馬を引きながら歩き出し、 木々の間隔が疎になったところで、ヒラリと馬上にまたがり、 馬をかけて行ってしまった。 「ふ〜ん。」 遠ざかるオスカルを見て、ユーグは一人でなにやら納得している。 「なにが、’ふ〜ん’なんですかっ?」 そんなユーグに対し、アンドレはまだ怒りをおさめられず、ぎっと睨む。 「いや、お前のお姫さんも、少しは成長なさったのかと思ってね。」 「・・・・・・・・・・・」 「ま、今までそういうことを意識せずにやれてこれたのが、 不思議だったんだがな。 たいしたヤツだよ、まったく。」 「そういうことって、ナンですか。」 ムスっとアンドレが聞き返す。 「そういうことは、そういうことだ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・と、いうことで、今日は俺も失礼するよ」 「へ?・・・どういうことですかっ!」 アンドレはユーグが言わんとしていることを汲み取ろうと、 頭を動かしていたが、急に現実問題に引き戻され、ハッとした。 「この顔で、ノコノコ行って、将軍にヘタな言い訳させる気か?」 ユーグは顎をシャクッテ、傷口をさすって見せた。 うっ・・・と、アンドレは言葉につまる。 たいした傷ではないが、今は生々しすぎる。 「ごめん。。。ユーグ」 「あはは! いや、俺が悪かったよ、アンドレ。すまなかった。」 アンドレの素直さに、ユーグの表情がイッキにゆるむ。 「ま、お前も、イロイロ大変だろうが、しっかりお役目、果たしてくれ。 あんまり、考えるなよ! 最近、本当に付き合い悪いから、よくわからんが、、、 また、近いうちにゆっくりしようじゃないか。」 「う・・・ん」 「オスカルにも、悪かったと謝っておいてくれ。 それと、白夜の国の王子様とばかりつるんでないで、 たまには俺にもつきあえってな!」 「・・・ユーグはずるい・・・」 「え?」 「アンだけ好き勝手言っといて、 でも自分が頭を下げたら、ほとんどの人が許してしまうってこと、 知っててやってる!」 「ふふふ・・・俺なんかに、みんなムキになっても仕方ないだけだろ? ・・・それより、ムキになるっていえば・・・」 ユーグの顔が少しくもる。 「しつこくまとわりついている、あの一派。 大丈夫か? ジャルジェ将軍の周りでも、かなり、やつらの匂いがしているぞ。」 ポリニャック夫人とその一派の謀は、 当初、自分の利権の妨害となるオスカルに向けての、度を越した敵意だったが、 最近では、ロザリーの親権にからみ、事はさらに複雑になってきている。 「うん。 オスカルはああいうやつだから、ロザリーを手放すツモリは無いと思う。 どんなに風当たりが強くなっても。 ロザリーも・・・」 「なんだか、ややこしい話だそうだな。 実の親を憎まねばならないとは・・・」 「ロザリーは一生、オスカルに仕えたいと言っている。」 ロザリーのオスカルに対する出口の無い気持ちを知り、 また、オスカルも大切にしている彼女に出口を作ってやれないという、 双方のつらい想いを知るアンドレは口が重くなる。 「あはは!一生仕える? お前じゃあるまいし! アンドレ2号か? あはははははは!」 アンドレのムッとした顔を横目で見ながらも、 彼はお構いなしで話をつづける。 「あの夢見る夢子ちゃんのことなら、心配イラナイと思うけどな。 今、放り出しても、あの娘ならたくましくやっていくだろうよ。」 ユーグはサラリと言った。 「ユーグ!」 また、毒舌モードに切り替わったのか?・・・とアンドレは目をむく。 「いや、ほめてるツモリなんだが。。。 彼女は、恵まれて贅沢を尽くした女ではないということさ。 いつか、ちゃんと夢から覚めるハズ。 それに、いくらオスカルでも、 そこまでの気持ちは受け止めてやれないだろう?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 『この男は、2人のことをどこまで解って喋っているのだろう・・・』 アンドレはどう返していいかわからない。 「まさか、あれだけ仕事でもなんでもこなすヤツが、 そのことで初めて、’女だから’の限界を感じてるンじゃないだろうな?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・って・・・そうなのか? あはは!!!ヘンなトコでも真面目だなっ」 「ユーグは、人の心がよく解るんだな、ココロの哲学者になればイインだ。」 アンドレはなんでも見透かしたように話をするユーグに嫌味を言った。 「ふふ。俺の悪い癖だな。 よく知りもせずに、解ったようなことを言っていると、嫌われるか? 俺は、お前に嫌われるのだけは、ゴメンだな。 悪かったよ。」 そういうと、アンドレの頬に軽くキスをして、きびすを返し今来た道を反対に歩き出した。 「ユーグっ!」 頬っぺたを押さえてアンドレが叫ぶ。 「ははっ!俺を殴ったお返しだ! とにかく、あの一派には気をつけろよ! お前の役目はハードだからなっ」 振り向きもせず、手をヒラヒラと振りながら、ユーグは木々の間に消えていった。 煙に巻かれたようにポツンと取り残されるアンドレ。 「黒ダヌキ!」 口の中でモゴっと言って気分を切り替えるしかなかった。 よ〜く考えたら、アンドレのパンチをユーグがかわせないはずも無かった。 一体、ドコからが、彼の策なのであろうか。 『ああ・・・旦那さまになんて説明したらいいんだ・・・ 結局、俺がユーグの尻拭いだ。』 アンドレは、かかなくてよい汗をかきながら、お屋敷に向かって走り出した。 ********* その晩、ジャルジェ家は、久しぶりに賑やかだった。 旦那さまも奥様もいらっしゃり、オスカルも寛いだ顔をして食事をした。 旦那さまが招いていた数人の若い部下たちの為に、奥様自らデザートを振舞われた。 使用人たちも、活気付き、裏舞台も盛り上がっていた。 特に女性陣は、最近、宮中に留まることの多いオスカルに加え、 若い将校たちを間近に見れて、浮き足立っていた。 俺は、初めのうちは、かしこまって給仕の手伝いをしていたが、 酒が入って皆がいい気分になる頃には、 ゲストの輪に引きずり込まれ、杯を無理やり押し付けられていた。 今日はいないけど、ユーグを初め、旦那さまが目をかけて呼ばれる若いゲストたちは、 皆、俺にも親切だった。仕事で顔を合わせることもあり、懇意にしてくれる。 おばあちゃんは、調子に乗るんじゃないよっ、て、釘を刺す。 わかっているよ。 みんなが親切にしてくれているのは、旦那さまやオスカルの近くにいるから。 身分不相応だってことは、よ〜くわかっている。 だから、サンの線で頑張ってるんだけどな。 俺が宴に引きずり込まれる頃には、 旦那さまと奥様は自室に戻られ、オスカルがホスト役を引き継いだ。 オスカルの横に控えてコマゴマ動いているロザリーは、 おもちゃにされている俺を見て、クスクス笑っている。 心を許しあえる人たちとの楽しいひと時だった。 宮中で、常に陰謀にアンテナを張っていなければならない、 人との交わりとは、ゼンゼン違う。 世の中にはイイ人がいっぱいいる。 なのに、なんで、いがみあったり、憎しみあったり、 陥れあったりしなきゃなんないのかな。 俺自身は、見栄を張るだけの身分も財産も持ち合わせていないので、 この世界を理解するのに、少し時間がかかった。 体面・利益・権力・・・ねたみ・嫉妬・中傷・・・ ややこしいモノの為に思考や体力や精神力を使うのには、今でもうんざりする。 俺は、ジャルジェ家に守られているから、こんな甘いことが言えるんだろうケド。 それは、俺が引き起こしたいくつかの失敗で、痛いほど思い知った。 甘いことを言ってられない。 10代の頃は、旦那さまに、顔を見るたび、 もっと緊張感を持てと注意された。 今でも、時々、カツを入れられる。 でも、その回数は随分減ったんだ。ちょっとは俺も、成長しているのだろうか。 楽しい時間はスグ過ぎる。 ゲストが引き上げ、使用人たちが、広間を片付けはじめる。 ロザリーがオスカルにお茶を用意した時、アイツの姿が消えていることに気づいた。 「オスカル様・・・もうお部屋に戻られて、お休みになったのかしら・・・」 ロザリーは、様子を伺いに、アイツの部屋に向かった。 俺は、アイツがぼんやり過ごす為によくいる、中庭に続くテラスを見に行った。 いつもと同じようにアイツがいた。 正確に切り取られ規則正しく組んで作られたオープンな石壁の低くなった所に腰かけて。 夏を迎える為に青々と繁る低木がアイツのそばで風に揺れる。 くぼ地に置いた柴の束も、ゲストが帰った後、火は消されて、 灯りという灯りはそうないのに、 オスカルの周りは月の光に照らされてうっすらと輝いていた。 声をかけるのをためらってしまう。 それほどに、侵しがたい空間だった。 最近のオスカルは、益々美しくなった。 毎日見ていても、思い知らされる外見の変化。 いや・・・容貌の美しさだけではない。 オスカルの中でも小さな変化がはじまっている。 決して俺には打ち明けてくれない、小さな変化。 アイツに女の月イチの煩わしさが訪れた時でさえ、 「やっぱり、わたしは女だったみたいだぞ! メンド臭いが仕方ないなっ!」 と、俺にアッケラかんと、言い放ったのに。 俺のほうが、その意味を理解して、ちょっぴり引いたくらいだ。 そして、それまでと何も変わらない日々だった。 でも、今のオスカルは・・・。 ロザリーの想いを受け止めてやれないだけではなく・・・。 アイツに変化が起こったのは、あの人がフランスに戻ってからだ。 かの方との事を心配し・・・ ああ・・・、かのかたの『女の心』が理解できない・・・と漏らしていたな・・・。 ・・・それだけか? 俺はいつまで、俺の役目を続けられるのだろう・・・。 BACK<□>NEXT |
中途半端? ぅぅぅ。。。 『俺の役目』が一番書きたかったエピソード。。。 次に盛り込めるかしら。。。 だらだら~~~っと、続きます。。。(^^;。 |
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