部屋の隅の気持ち。 2


1.帰路-2

仮装舞踏会・・・バカみたいだったな。ホントに。
わかっていたこと・・・か。
アンドレの機嫌もサイアクにしてしまったようだ・・・。
フン・・・。自分は好きなところでウサを晴らしているくせに。
わたしが、ジェローデルと結婚するつもりが無いことはわかっているだろう?
先日の父上が開いた舞踏会も、ぶっ壊したし。
それに・・・、それにあの時・・・。

ココロがざわつきだした。
お・・・お前にこうやって、もたれているのも、恥ずかしくなってくる。
ヘンな気持ちだ。

このことを考えるのは、止めだ。ワカラン。

今回の結婚話は・・・ああ、メンドクサイ。でも、なんとかせねばな・・・。

こうしていたい・・・。いつまでも。
・・・唄?アンドレが何か口ずさんでいる・・・。

「想いはいつも同じ場所に 辿り着くのが難しくても
 君はいつも同じ笑顔で そこに居てくれると信じてる、、、」

何の唄?聴いたこと無いな・・・。
初めて聴く・・・どこで覚えてきたんだろう・・・。

お前の歌声、好きだ。うん。
だいたい、お前の嫌いなところなんて、無いんだがな。
ああ、怒ったらひつこいところは、カンベンして欲しいな。

好きだよ・・・アンドレ。

これだけじゃ、ダメか?
子供の頃から変わらず・・・。今となっては、口にも出さないけれど。

馬車に揺られ、アンドレにもたれ、心地よい睡魔に襲われかけた。

[ピシっ・・・!ガタガタガタガタガタガタガタガタ・・・]
馬車の速度があがった。

『なぜ、先をいそぐのだ。』

すっかり閉じていて、眠りに硬く閉ざされようとしていた瞼を開けたとき、
アンドレの肩にかかる髪がフワリと舞い、
闇に溶け込むようになびいたのが見えた。

[ガタガタガタガタ ・・・「おまえの髪・・・随分伸びた。」・・・ ガタガタガタ・・・・]
男の髪をキレイと思うだなんて・・・。

「あぁ?」

『スピードをあげるから、音でかき消されるんだ!話しも出来ん。』
わたしは、手綱を握るアンドレの手を押さえ、
馬車の速度を落とすようその手をゆるめさせた。

[ガタガタ・・ガタ・ガタ・・・ガタ・タ・・ガタ・タ・・・・・・]

「お前の髪、随分のびてきたな。」

「そうか?あんまり気にして無かった。」
そっけなく、答える。

『まだ、怒っているのか?ちょっとひつこ過ぎるぞ。』
でも、この不機嫌が自分のせいであることは、わかっている。
ここで、わたしまでが怒ったら、また、もとの木阿弥だ・・・。
せっかく、2人でいるのに。
喧嘩したいわけじゃない。
「また伸ばすのか?前みたいに1つに括るか?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「これくらいがいいと思うぞ。うん。いい感じだ。」

フワフワと、風になびいて・・・。
さっきの嫌な香りも、風にとばされて、今は匂わない。
そっと手をのばして、触ってみた。
それは、すんなりわたしの指に絡まって・・・。

微動だにしないアンドレ。何を考えている?

「でも・・・そうだな、白髪になったら、1つに括るのもいいかも知れんな。
 そうしたら、白い髪に似合う、とびっきりのリボンを見つけてきて、括ってやるぞ。
 フフフ。お願いだから、ハゲ無いでくれよ。」 
ちょっと驚いた顔をして、お前がわたしの顔を覗き込む。
眉は微かに寄っている。
「クスクス。冗談だ!ハゲても、わたしはおまえならいいぞ。許す。
 リボンを選ぶ楽しみはなくなるが、鬘をプレゼントしよう、フフフ。」

とても楽しい気分になってきた。
わたしの髪はどうしようかな・・・。そうなるとわたしも白髪か。
くだらないこと考えていると、

[ピシっ!ガタガタガタガタ「・・・お前は残酷だな。」ガタガタガタガタガタガタ]
再び、アンドレが鞭を降り、速度をあげた。

「ん?」なんていった?アンドレ??
返事は無い。

ああ、いつまでも、このままでいたい。
女の幸せがなんだというのだ。このまま、お前と一緒に、今までどおり。
フフフ。お互い白髪になるまで・・・。このままが・・・。
朝から・・・イヤここのトコロ、ずっと考えていたのが、バカみたいだ。
こうしていれれば、幸せなんだ。

わたしが女として欲しい幸せ?

今は、わからないが、このままで十分幸せだ。

(アンドレの男としての幸せは・・・?)
ふと、小さくナニかが頭を掠めたが、気づかないふりをした。

あのお前の告白のあとも、わたしたちは、変わらずやってこれた。
これからも。。。うん。きっと、大丈夫だ。な?アンドレ。

眠たい。今日は、もうジェローデルも帰っているだろう。
このまま、眠って、また、いつもの朝だ・・・。



「おい。オスカル、起きろ。着いたぞ。」

「う・・・ん」
ぼんやりとお前の声は聞こえる。でも、目が開かない。
眠いんだ。起きれない。
なんだ、ため息なんてついて・・・。連れて行ってくれるだろ?
そうそう。部屋まで頼む、アンドレ。
フワリ・フワリ・・・ああ気持ちいい。

『ドレスで抱かれた時は、どうして、あんなに苦しくなったのだろう・・・。』

どうでもいいか・・・。オヤスミ、アンドレ。
また意識が遠のく・・・。

[バタンっ!]
ん?今頃、出迎えか?玄関の扉が開く音が聞こえる。
こんな、夜中の帰宅時に・・・。

「お・・・お嬢さま!アンドレっっ!」

んん?こんな時間まで、ばあや起きてたのか?
早く寝ないと・・・もう年なのに・・・。

「おばあちゃん、客室の明かりがついたままだけど、もしかして?」
「そうだよ、わたしゃ、もう、どうしたらよいかと・・・!」
わたしを抱えるアンドレの腕が強まった。

ホールに入った。目を閉じていても、明かりがともっていることがわかる。
この時間に・・・。
嫌でも目が覚めてきたぞ・・・。なんだっていうんだ。

「オスカル嬢・・・」

『!』この声は、ジェローデル???
こんな時間まで?
ひとのウチにいる時間じゃないぞ。
お前はそんなに無粋なやつだったか?

「アンドレ・グランディエ。オスカル嬢は・・・」
「申し訳けございません。ジェローデルさま。
 パリでの特務のため、現地で落ち合うはずだったのですが、
 わたくしの失態で、時間に遅れてしまい、このような時間の帰宅となりました。」
『さすがアンドレ。いつもながら、うまいこというな。』
「女の身で、こんなに遅くまで・・・。
 眠り疲れてしまわれるほど。
 おいたわしい・・・」
『ほっといてくれジェローデル。誰のせいだと思っているんだ。』
「非常に申し上げにくいのですが、主人はたいそう疲れている様子。
 今晩は、このまま、ひきあげさせていただいても、よろしいでしょうか?」
『そうだ!アンドレ。そのまま逃げ切れっ!いいぞ。』
「むろん。心得ている。
 ただ、その役目、求婚者であるわたしがひきうけても、かまわないだろう?
 わたしが、お運びしよう。」
『はぁ?何をいいだすんだ、ジェローデル。アンドレ、無視して行け!』

アンドレの腕が微かに震えている・・・。
『お前、まさか、わたしを引き渡すつもりか?』
アンドレの体からわたしが離れるのを感じた瞬間、
わたしはアンドレの腕から飛び起きた。
アンドレを思いっきり睨み付け、ジェローデルに向き直った。
ジェローデルは、一瞬目を丸めたが、
差し出していた手を引っ込め、クスクス笑っている。

「ああ・・・お目覚めですか、オスカル嬢。」
「ハン。これだけ声がしたら、嫌でも目が覚めるっ!
 いったい、何用か?こんな時間まで。」
「おお・・・晩餐会をすっぽかされて、落ち込んでいる求婚者に向かって、
 そのような、もののいいようは・・・傷つきますね。」
『求婚者・求婚者って、連発しすぎだ。何様だ。』
「・・・急な仕事が入ったのだ。すまなかったな。」
「ほほう・・・。
 休暇日に、特使が来たわけでもないのに、急なお仕事とは・・・。
 衛兵隊は過酷な業務だときいてはおりますが、そこまでとは・・・」
『フン!嫌味なヤツめ。』
「ますます、貴女をそのようなところに長く置いておくわけにはいきませんね。」

アンドレを盗み見る。おい、なにか、助け舟を出さぬか。
・・・と、アンドレの視線が階段の上を見つめて、一礼したことに気づく。
うっ。父上・母上・・・!
いつもなら、とっくにお休みになっておられる時間。
そ・・・それに、ギャラリーが増えてきたぞ・・・。
わたし付きのナナとマドレーヌはもちろん、他の者もゾロゾロ控えだした・・・。
くそっ。とにかく、はやく、この場を治めねば。





2.主従-2


 『冷静に・・・冷静に。皆も見ている。
  頭ではわかっているが、口を開くと、感情が抑えられない気がする。』
オスカルは、父に帰宅の挨拶も出来ずに、その姿をにらみつけてしまう。

実際、疲れていた。
なかなか眠れなかったこの数日間、やっと安らげた腕の中から、引きずり出され・・・。
イライラしていた。
眠れなかった原因。
衛兵隊での兵士たちとの確執。これは、徐々になんとかなるような気がしてきた。
『フ・・・一人をのぞいては・・・』
しかし、衛兵隊での頭痛の種は、一般兵士だけではなかった。
ヤル気のない下士官たち・・・衛兵隊内そのものの統制がゆるんでいた。
なにを指示するにつけても、スムースに進まず、
オスカルが直接、現場にでなければならない場面が多々あった。
ますます不安定になっていく世情・・・。
治安業務は増えるばかりであった。
それに加え、今回の結婚騒動。
考えても答えの出なかった、女の幸せ・・・。
帰宅後ゆっくりできるはずの時間までも、奪われ、
唯一、変わらぬ場所・・・アンドレとの時間も奪われ・・・、
なによりも、アンドレを悩ましていることがつらかった。
アンドレとのギクシャクした毎日・・・。溜まっていく疲れ。
ハッキリいって、我慢の限界であった。

ジャルジェ将軍はゆっくりと階段を下りて、娘の前に立った。
「オスカル、ワシの言いたいことはわかっておろうな。」
客人の手前、怒りを抑えての物言いであった。

『冷静に!』
しかし、開いた口は、うらはらであった。
「わかりません。
 父上が、今、また、なにをお考えになって、
 このような事態をまねいておられるのか・・・。
 わたくしには、仕事がございます。
 このようなことで、わずらわされるのは、ご勘弁願いたい。」
「おまえは、ジェローデル少佐に対して、非礼を詫びもせず、ヌケヌケと・・・!」
「非礼はどちらでございますか?
 このような夜更けに!
 わたくしは、晩餐など、約束した覚えは1度もございません!」
「オスカルっ!」
「わたくしをジャルジェ家のために男として育てただけでは飽き足らず、
    『ああ・・・ここまで言いたいわけじゃない・・・でも、もう、口が勝手に・・・』
 こんどは、女としても駒として使おうとなさるのですか!
 さすが父上、一流の策士でゴザイマスなっ!」

[ビシっ!!]

ジャルジェ将軍の腕が振り下ろされた。
しかし、それは、狙ったものをハズシ、思わぬものを打っていた。

今日、2度目の大きい背中・・・。

オスカルは、その瞬間、打たれるのを覚悟し、目をつむっていたが、
痛みを伴わない音に目を開けと、
アンドレの背中があった。

「アンドレ!」
思わず彼の顔を覗き込むと、
開かぬ方の目の端が少し切れ、血をにじませている。
これを見た瞬間、オスカルの心臓は凍りつくようだった。
ジャルジェ将軍でさえ、思わなかったこととはいえ、
傷ついた目にさらに傷をつけたことに、少々ひるんだようである。
さっきまでの、誰も止められなかった2人の激情が、
一気に冷えたようであった。

「旦那さま。お怒りごもっともでございます。」
アンドレは、後ろ手にオスカルをツイ・・・と、突き放す。
「ジェローデルさまにも、どのようにお詫びしてよいか・・・
 本日の失態、全て時間通りに業務をこなせなかった、わたくしめの責任でございます。
 なにとぞ、お怒りはわたくしに・・・。どのような叱責も受ける覚悟にてございます。」
そういうと、深々と腰を折り、最下段に構えた。
「旦那さまっ!」
ばあやが、飛び出してきた。
「お嬢さまのお屋敷でのお支度が整わなかったことは、
 わたくしの責任でございます。どうか・どうかお許しください
 お嬢さまの本日のご予定を把握しておりませんでした、
 わたくしの落ち度でございます。」
ばあやもひれ伏す・・・。
その後に、そそ・・・っと、ナナとマドレーヌも控える。
今、帰ってきたのか、息を切らすクロードが走ってきて、
アンドレの斜め後ろに控え、
「旦那さま、本日のオスカルさまのお供はわたくしでございました。
 わたくしにも責任がございます」
そうして、アンドレと同じ姿勢をとって、控える。
そのほかにも、ゾロゾロと・・・許しを請う助けになるのであれば・・・と、
アンドレやばあやのことを慕う使用人が頭を下げて居並ぶ。

『衛兵隊の整列より、ずっと美しいぞ・・・』
オスカルは、こんなときに不謹慎なことを・・・と思いながらも光景を見つめる。

ジャルジェ家に代々続いてきた、
そして父の築いた世界がそこにあった。
信頼と慈愛のある主従関係。
美しかった。
今までは、わたしもそうある世界が理想であった。
アントワネット様にお仕えし、主として心をこめてたてまつる。

しかし、衛兵隊に移ってからは、その世界のことを少し忘れていたようである。
上官を上官とも思わぬ態度。
貴族をあからさまに敵対視する目。
身分とは、いかほどのものか、
中身のない上下関係が、いかにむなしいものか・・・。

人間の素直な喜びや憎しみ・・・感情の世界。
この、アンドレでさえ、衛兵隊では、気に食わなければ人を殴り喧嘩する。
先日は、銃をぶっ放した。考えられないことだ。

今、目の前に繰り広げられている美しい世界・・・。
なのに、すこし、違和感を感じる・・・。
父上の理想の世界・・・。
このジャルジェ家・・・。
わたしが継ぐ・・・?
なにか、また考え事が増えたような気がした。

皆には何の非もない、今日の出来事に余計に心苦しくなる。

『ああ、もう、皆のせいではない・・・。』
一歩前に出て、
「ち・・・父上、今日のことはわたくしが勝手に・・・」
言いかけたところ、アンドレが後ろ手に、またわたしの体を押し戻した。

「ああ・・・もうよい、皆下がれ。」
ジャルジェ将軍が、苦々しく口を開いた。
「オスカル、ジェローデル少佐は、明日から、地方へ視察の予定だそうだ。
 しばらく、あえないお前に挨拶しようと待っておられたのだ。
 失礼の無いように、お見送りしろ。
 ジェローデル、見苦しいところを見せてしまったな、失礼をお詫びする。
 明日からの視察、道中気をつけられよ。
 わたしはこれで失礼させてもらう。」
「将軍、ありがとうございます。長居、申し訳ございませんでした。 
 オスカル嬢を一目拝見でき、明日からの旅に思い残すことなく出れます。
 本日は、我侭を申し上げ、このような時間まで・・・早々に失礼いたします。
 おやすみなさいませ」
「ああ・・・おやすみ。」
そういうと将軍は、奥方の待つ階段へと向かい、
「皆も、下がれよ・・・明日の仕事に響くぞ・・・。
 ナナ、アンドレの手当てをしてやれ」
と声をかけ、部屋へと戻っていった。
 
『そうだ。アンドレの目・・・』
「オスカル嬢、馬車の用意のできる間、少々お付き合いいただけますか?」
「ああ・・・」
ジェローデルが話しかける、でも、神経はアンドレの方へ集中する。
ナナがアンドレに寄って行く。
「では、見送っていただけるのですね、嬉しゅうございます」
「ああ」
ジェローデルの言うことが耳に入らない。
[  「アンドレ大丈夫?」
   「ハハ、たいしたことないよ」
   「でも血が・・・ちょっと見せて?」  ]
アンドレがちょっとかがむ・・・ナナの手がアンドレの目に・・・

「アンドレ!」
思わず、叫んでしまった。
「ジェローデルが帰るそうだ、馬車の用意を」

「ああ・・・」
そっけなく、答えるアンドレ。
ナナは、アンドレの顔に手を置いたまま、わたしのほうを少しビックリして見ている。
「ありがとう・・・大丈夫だから。」
アンドレはそういうと、ナナの手をやさしくとって、
自分からはずした。
その優しい笑顔に、胸が痛む。
もう何日も見ていない笑顔だった。





3. ドレス


わたしは、何故こんなに落ち着かないのだ。
勝ち目のない戦いなど、はなからしない。
ましてや、色恋沙汰で、心を乱すなど。
わたしには考えられない・・・・・、もっとも嫌う感情である。

貴女を得ることができる・・・そう思ったから、求婚した。

なのに、何故、こんなに・・・。
追い詰められたように・・・・。
もう、後が無いような気にさえなる。
このような時間まで居座り・・・・・・。
こんな無粋な行為をする自分が信じられない。

今、繰り広げられた悶着にも、一言も発せられずに・・・。
ただ、傍観者として存在するしかなかった・・・。

気の利いたフォローもできずに・・・このわたしが・・・?
出来なかったのではない、する必要がなかったのである。
あの男・・・影のような、あの男・・・・・・・・・。



オスカル嬢・・・隊長への求婚。
貴女が近衛にいらした頃は、望めないことだと思っていました・・・。
あのウワサを耳にするまでは・・・。

あの頃の貴女の瞳は、ベルサイユ一高貴なお方と、
それに寄り添うもう一人のお方に注がれていた。
どちらをみつめておられるのか・・・。

わたしは、貴女をずっと見ていた・・・。
そう、貴女の従僕に負けないくらいに・・・。

あなたの姿は、麗しく・・・しかし、それは張り詰めていて、
痛々しいほどであった。
それでも、なお、その美しい瞳は前を見続け・・・。
・・・・・・・・だが、ときおり、美しいお2人を儚げに映しておられた。

貴女は、由緒あるジャルジェ家の跡取り。
生まれながらにして、男性として育てられ、
おそらく、一生そのまま、お過ごしになるものだと・・・。
貴女を手にすることなど、望めないものだとばかり・・・。

しかし、あのウワサ・・・。
それが、真実であるならば、わたしにも望みがある。
貴女に、貴女の望むものを与えて差し上げることが出来る。

あのウワサ・・・。
少々信じがたいが・・・。
貴女が、そのようなものを心底望んでおられたとは・・・・・・。

貴女を見ていて、一番最初に気づいたこと。。。
貴女にとっての、あの影の存在。
貴女は、いつでも、彼と一緒だった。

仕事が終わると、貴女は一目散に彼の元へと帰っていく。
どんな時も、それは変わらず・・・。
永遠に続くかのように思えました。

なので、貴女が、まさか、そのようなものを望んでいようとは。
貴女に、男として生きていく世界を・・・
彼と築いている世界を、手放すお気持ちがあろうとは・・・。
考えられませんでした。

でも、あのウワサは、1人から聞いたものではなく、
どこのサロンでもささやかれていた。
それでも信じられなかったわたしは、裏までとり、
そして確信いたしました。
やはり、貴女なのだ・・・と。

ならば、わたしにも望みはある。
いや、あのお方よりも、貴女を幸せに出来る。

そして、あの影のような存在の彼には
決して貴女に与えられない世界。
わたしは、それであなたを包むことが出来る。

わたしは、だれよりも、貴女にふさわしい。

なのに、この気持ちは、なんだ。
わたしの計算にどこか狂いがあるのか・・・?

貴女が、彼のお方をまだ愛しているのであれば、待ちましょう。
時が解決してくれるはずです。
でも、違う・・・違う何かが、わたしを不安においやる。
貴女が愛しておられるのは、彼のお方であるはず・・・。
なのに何故・・・?

求婚者を集めた舞踏会の夜。
貴女は確かに、一瞬それを求められた。
なのに、何故、逃げてしまわれたのか・・・。
彼のお方が忘れられないのでしょうか。
それとも・・・。

考えられない、イヤ考えたくない答えがほんの少し、
頭をよぎる・・・。

貴女を一瞬でも手にしてしまい、
わたしは、貴女の気持ちを確かめることを抑えることができなくなった。
どうしても、貴女の真意が知りたい。
そして、いくらでも貴女の気持ちが解けるときまで、
貴女を待つことを許されたい。
できるならば、わたしの腕の中で、その気持ちを溶かし、
その時が来ることを、早めてさしあげたい。

なぜか、急がなくてはならない気がする。
あせる必要は、どこにもないはずなのに・・・。
彼のお方は、おそらく、貴女を選ばないでしょう。
あの方には、もう定められた方がいらっしゃる。
あせる必要など、どこにもないのに。 

わたしは、どうかしてしまったようです。
ああ・・・オスカル嬢・・・答えをください。


「オスカル嬢・・・オスカル嬢・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・隊長!」
「あ・・・ああ。馬車の用意が出来るまで、中庭へ出て待っていよう」
ぼんやりしていた・・・。
アンドレの目、本当に大丈夫であろうか・・・。
どうして、ナナにちゃんと手当てをさせなかったのか。
自己嫌悪である。
後で、わたしが見てやらなくては・・・。

中庭に向かう途中も、ずっと、頭の中は、
アンドレの目のことでいっぱいだった。
わたしのせいで傷ついた目。いつも盾になるお前。

「寒くはありませんか?」
「ああ・・?・・ん・・・平気だ」
・・・気安く、近づくんじゃないジェローデル。
彼が肩にかけようとした手を払いのけた。
「どうして、貴女はいつも、そのように、かたくななのですか?」
「何度も言ったはずだ。わたしには、結婚の意志はない!
 誰のためにもドレスは着ん。」 『今日も着たけど、ほんとうに、もう、こりごりだ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わたしは、この生き方が好きだ。性に合っているし、気に入っている。
 今の生活を手放す気にはなれない。
 まことに、申し訳ないが、この話し、早急に取り下げてもらえないだろうか。
 オスカルは、頭がオカシイ。嫁としてはふさわしくない・・・といってな。」
「それでも、貴女は、女性ではありませぬか・・・。
 わたしは、嫁としてふさわしい貴女が欲しいわけではございません。
 貴女が欲しいのです。女性であってくだされば、それでよいのです。」
「ハン。では、そちらにも、問題があるのだろう・・・。
 わたしには、その気はない。男として生きていくと、遠の昔に決めている」
「・・・・・・・・では、では、先日の貴女のお気持ちは・・・?
 貴女は、一瞬でも、わたしの気持ちを受け止めてくださったのではないのですか?
 わたしが、抱き取った貴女は、紛れもなく女性で、
 あの唇は、男のものではございませんでした。」
「ジェローデルっ!」
彼の手が腰に回される・・・すばやく、引き寄せられ、じっとみつめられる
でも、わたしは、もう知っている、
わたしは、彼を欲していない。わたしが欲しいのは・・・。

[ガサっ]
木の葉がざわめく音がした。
その瞬間、ジェローデルを突き放す。

「ジェローデル様、馬車の用意が整いました。御付の方も準備できております。」
慇懃に一礼し、アンドレがジェローデルに告げる。

アンドレ・・・まさか、今の話、聞いてはおらぬだろうな。
胸が悪い・・・。

「ああ・・・早かったね。もう少し、かかるかと思っていたよ。
 美しい人と過ごす時間は、本当に早い・・・
 フフ・・・。
 アンドレ・・・オスカル嬢は、このように美しいのに、結婚の意志がないとおっしゃる。
 もったいないとは、おもわないかね?」
「・・・・・・・・わたくしのお答えできる範疇のご質問ではございません。」
「そうかね・・・?。
 ま、君に彼女の結婚の話をしたところで、対象外だから仕方ないか。
 フフフ、一般的な結婚観での感想で良かったのだがね。」

『ジェローデル。。。何を・・・なんてことを・・・!
 何故、アンドレにからむのだ?!これ以上言ったら・・・』
心がズキズキ痛み、おもわず、拳に力が入った。

「では質問を変えよう。
 彼女は、ドレスさえも着ないとおっしゃる。
 君は・・・君ほど近くにいれば、一度くらいは、
 オスカル嬢のドレス姿を見たことがあるのではないかい?」

おもわず、アンドレと目を見合わせる。
今日もその姿を・・・
そして、おまえとダンスまでした。
う・・・顔が熱くなる。

「・・・一昨年の冬・・・コンティ太公妃の舞踏会・・・」
えっ?なにを言い出すんだ、ジェローデル?
思いも寄らなかった話の展開に、思考が停止する。
アンドレは、唖然としている。
「わたしは、ゴシップには疎い方でね・・・
 でもそんなわたしにも、聞こえてくるほど、みなの間でささやかれている、
 たいそう美しいよそのお国の伯爵夫人のおウワサを耳にしました。」
「な・・・なんのことだ?ジェローデル。」
「なんでも、そのご夫人は、ダンスの申し込みを全てお断りになり・・・。
 しかし、唯一、ひとりのとてもハンサムな男性と踊られたそうです。
 その方の名は・・・」
「なにがいいたい?ジェローデル!」
「他の方に、わからなくても、わたしには、お話しを聞いただけで、
 そのご夫人の正体がわかりましたよ・・・オスカル嬢・・・」
「・・・・・・・・・・!」
「貴女のようにキレイな金髪・碧眼そして、長身の女性は、まずいないでしょう・・・
 それに、だてに、近衛で貴女の副官をしていたわけではございません。
 貴女がよく、盗み見られていたお方のことを、わたしが気づかぬとでも?」
「・・・・・・・・・・・・」
「貴女は、紛れもなく、女性だ・・・
 貴女がまだフェルゼン伯を愛しておられるのであれば、それでも構いません。」
わたしは、首を横にブンブン振った。
「わたしは、いくらでも待ちましょう・・・貴女が素直になられるまで」
「なにを言っている?話しが見えないぞ!」
「わたしは、わたしには、貴女を幸せにする力がある。
 そしてそれは、フェルゼン伯にも劣りませぬよ。
 貴女の中の女性が求めているものを用意して差し上げられる。」
「わ・・・わたしは・・・ [ガサガサっ・・・!]  ・・・っ・・アンドレっっ!」

アンドレが走っていく。
追いかけようとした。
でも、その腕をジェローデルにつかまれ、引き戻された。
「お待ちください。彼の役目はもう終わったのです。
 彼自身、そのように、先日申しておりました。」
「な・・・に?」 『何を勝手な!』
「これからは、わたしが貴女を守って差し上げます」
「離せっ!わたしにさわるなジェローデルっ!」
「オスカル嬢・・・見送っていただくお約束です、どうか・・・」

[ ビシッ!]

近づいた顔を、思いっきりはたいた。
「頭を冷やせ、無礼者っ!話しはそれからだっ!
 今日は、このまま帰れ!!」

わたしは、走った。
『アンドレ・アンドレ・アンドレ・・・・・・・・・・・・・・・・』





4.部屋


くそっ、どこへ行った?
’役目’って、なんだ?
あいつは、何を考えているんだ?
わたしから、離れる気か?
どこかへ行ってしまうのか?

お前がいつも影のようについていてくれるからこそ、
わたしは、思うようにやれるのだ・・・。
お前だって、わかってくれているのだろう?

それを’役目’というのか?
終わりってどういうことだ??

遠くへ行ってしまうのではないか・・・。
そんな気がして厩舎へ走った。

だが、あいつの姿は無く、馬を使った形跡も無い。

ホッとして、柵にもたれかかる・・・.
アンドレのよく使う馬が鼻先をすりよせてきた。
「フフ・・・ゴメン。起こしてしまったか?
 あ・・・さっき帰ってきたばかりか・・・。」

今日1日の出来事が順番に頭によみがえる。

「お前、アンドレのこと好きか?
 こん夜はすまなかったな。ご主人様をわたしが取り上げてしまった。フフ。
 でも、お前はクロードでもかまわないだろ?」
[ブルルルルルル・・・・・]
前足で、地面をカツカツ不満そうにたたく。
「アハハ・・お前も、アンドレでないとダメか?
 クロードだって、なかなかいい男だぞ。アンドレより若いし。
 ・・・・・あいつは・・・アンドレは、お前には優しいか?
 わたしには、今、ちょっと冷たいんだ。
 どうしたらいいかな・・・。」

わたしは、馬に何を相談しているのだ。
アンドレと話が出来ないと、馬にしか相談できない自分。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
滑稽だ。

わたしの気持ちをわかってくれるのは、いつもあいつだけだった。

このままで、眠れるはずもない。
絶対、あいつをつかまえて、話しをきいてもらう。
・・・・・・で、なにを話すのだ?

ワカラン。

馬の鼻先をひとなでして、厩舎を出た。

使用人の棟まで来て、少しためらった。
小さい頃は、あいつの部屋へよく忍び込んだ。
ばあやに見つかるとスグ連れ戻されたけど・・・。
・・・で怒られるのは、あいつ。

今よりもずっとわたしたちの部屋は近かった。
いつでも行きたい時に会いたい時にたずねることができた。
最近、あいつの部屋に入ったのは、
・・・・・・目をやられたときだ。

目・・・手当てしなければ。

ほとんど灯りの無い廊下を歩き出した。
窓から差し込むほのかな月の光が、あいつの部屋へと導いてくれる。
あいつの部屋の前で、ゆらめくろうそくの火があった。
小声でしゃべっているのが聞こえる。

その部屋に近づくにつれ、
ろうそくの火に映し出される2人の顔が見えた。
頬が赤く染まっているように見えるのは、ろうそくのせいか?

「でも、アンドレ・・・」
「本当にいいんだ。自分で出来るから。
 はやく、ナナも休みな。明日も早いだろ?」
「腫れてきてる・・・冷たいタオルもいる?」
「いいよ。コレだけで。本当にありがとう。
 明日片付けておくから。」

アンドレの手は、ナナがもってきたのであろう、
消毒薬と綿花ののったトレーを持ちながら、
半開きのドアを押さえていた。  
部屋から体半分を出して、喋っている。
ナナはなお、心配そうにアンドレの顔を覗き込んでいる。

ナナは・・・・・・・・。
ココロがザワザワする。



アントワネットさまとフェルゼンの闇夜の逢瀬。
そう、何度も目にした。
ただただ、美しい2人。絵のようだった。
別に盗み見ていたわけではない。
それが仕事だったのだ。
『貴女がまだフェルゼン伯を愛しておられるのであれば、・・・』
ジェローデルのさっきの言葉を思い出す。
わたしは、フェルゼンを愛していた?
アントワネットさまに少しも嫉妬していなかった自分に気付く。

今、目の前にいる2人の姿・・・ナナの存在。
明らかに、イライラしている。
さっきもそうだった。嫉妬?まさか。
ざわめくココロを落ち着かせた。



わたしの気配に気付いたのはアンドレが先だった。
コチラを見ると、ナナに向き直り、キリをつけるようにやさしく言う。
「さあ・・・おやすみ。
 俺も疲れたから、サッサと寝るよ。じゃあな。」

「アンドレ」 ドアを閉める気か?急いで声をかけた。
ナナがわたしを振り向く。少し驚いたように。
「ナナ、アンドレの手当てはわたしがしよう。」
「あ・・・オスカル様・・・。
では、お願いいたします。 ・・・・・おやすみなさいませ。」
ナナは、恥ずかしさと気まずさを混ぜたような表情を一瞬見せたが、
すぐに、使用人の顔に戻って軽く一礼し、下がっていった。

アンドレの顔から、やさしさが消えた。
わたしは、構わず、アンドレの横をすり抜け、
さっさと部屋に押し入った。

シンプルな部屋。
主が今帰ってきたばかりだと示すように、
まだ、部屋の中はヒンヤリしていた。
ともったばかりであろう、ろうそくの火だけが、
暖かくゆらめいていた。

「座れ。」
アンドレの手からトレーを奪い、イスを指差した。
「自分で・・・」
拒否しようとするアンドレを制するように言う。
「いいから、座れっ」

アンドレは観念したのか、上着を脱ぎながらドサッと腰掛けた。
わたしも、コートすら脱いでいなかったことに気付き、
トレーをテーブルの上において、コートも上着も脱ぎ、
ブラウスの腕をまくった。

テーブルの上に、1冊の本が置いてあった。
’ヌーベル・エロイーズ’・・・ルソーの本?
こんな本、読むのか?確か恋愛小説・・・。
どんな内容だっけな。よく覚えてない。

洗面器に消毒液を入れ、水差しの水で満たした。
そこに手を入れて、十分にまず自分の手を消毒した。
トレーから綿花をつまみ、もう一度消毒薬のビンを取って、
滲みこませる。

アンドレの前に回って、黒い髪をかきあげた。
「ホントだ、腫れてきている。大丈夫か?」
「ああ。」
どうして、そう、そっけないのだ?
ただひとつの目が、上目づかにジッとわたしを見据える。
少し指先が震える。アンドレの顎を指でとらえて、上を向かせる。
な・・・どうして、こんなにドキドキするんだ。

「目を閉じろ!睨まれていては、上手くできん。」
長いまつげが伏せられた。
消毒液をたっぷり含んだ綿花を、なるべく目より遠いところから、
ゆっくり当てる。
傷にさしかかった時、
「つっっぅ・・・」
アンドレが少しうめいたので、
あわてて息を吹きかけた。
                    
「フーフーフーフーフー」

「・・・・・・・・もういい・・・」

アンドレがわたしの肩に手をかけ、体を押しやる。
『いやだ』
とっさに、アンドレに抱きついてしまった。
自分でも、もう、なにがなんだかわからない。

「役目ってナンだ?
 どこへも行かないと約束しろ。
 じゃないと、眠れない。
 だから、お前も眠らせない。」

わたしは何をいっているのだろう・・・。
でも、順序だてて説明できることではない。
何を喋って、何を黙っておいたほうがいいのかもわからない。

グチャグチャ言うのもいやだ。
とにかく、一番言いたい事を素直に言った。

アンドレの手が、妙に規則正しくわたしの頭をなでてくれる。
優しい手。でも、いつもとちょっと違う。

「約束するか?」

「・・・ああ・・・」

顔を上げてお前の表情を確かめた。
お前は無表情で、どこか、部屋の隅の1点をジッと見つめている。

ココロ、ココにアラズ・・・そんな感じだ。
わたしのことをちゃんと思っていてくれているのか?

少し、さみしかったが、
アンドレはウソをつかない。
お前の胸の中で、
わたしは、もう一度心地よい睡魔に襲われた。




5.部屋-2

何かを求めて手を伸ばした・・・。
でも届かなくって・・・落ちていく・・・。

コツン。

硬く冷たい感触に目が覚める。
左手がイスから落ちて床に触れていた・・・。

なんの夢だったのだろう。わたしは、何を求めていたのか・・・。
夢なんて、覚めてしまえば、覚えていないことがほとんどである。
それよりいつの間に、眠ってしまったんだ。
ここは・・・アンドレの部屋だ。長椅子で寝ていたのか。

わたしの上には、ご丁寧に、毛布と、わたしの上着が重ねてかけられていた。

半身を起こして、時間を確かめようと、燭台に手を伸ばす。
スグ手の届くところに置いてあったので、思わず笑ってしまった。
『これを持って、サッサと部屋に帰れ』・・・か?
フン、部屋までわたしを運んでくれてもよさそうなものなのに。
『甘えるな』・・・か??
そうだ、わたしは、お前に甘えっぱなしだ。いけないか?
それが、わたしで、そしてお前だろ。
ずっと、そうだった。

立ち上がり、時計に近づく。3時半。
寒い・・・。ブラウス一枚の自分に気付く。
窓から外を確かめると、
雲間から月の光がもれ、庭の木々をさみしく照らしている。

部屋まで、運んでくれたら、朝までぐっすり眠れたのに・・・。
いつもなら、絶対運んでくれている。
いつもの優しさの無い、このところのアンドレの態度。
少々憎らしくも感じ始めた。

あいつのベッドに近づく。
蝋燭をサイドテーブルにおいて、顔を覗き込む。

子供の頃と、たいしてかわらない、やさしい寝顔。
イヤ、この髭はなかったな。
朝になったら、キレイに剃り落とされるだろう細かい髭を、
不思議な感覚で、見つめる。

お前も、人間だものな・・・。
お前の目が傷つくまで、わたしは、お前が、取り返しようの無いほど傷ついたり、
いなくなったりするなんて、考えたことも無かった。

取り返すことの出来ない左の目。

長椅子に戻り、上着のポケットをさぐり、ハンカチを取り出す。
さっきの洗面器の上で、水差しからハンカチに水を浸し、ギュッとしぼった。

『起きるかな?』
起こしてはいけないような・・・起きて欲しいような・・・。
腫れた左顔面にハンカチをそっとあてる。
「ん・・・」
少々体をよじったが、起きる様子は無い。
クスクス・・・。オカシイ。カワイイ。
このままいたい・・・。ずっと・・・。

もし・・・もしもだ。
もし、わたしが、これから、本当の恋愛を知って、誰かに嫁ぐとなったら、
お前はどうするのだ。

『役目は終わった』
それで、オシマイカ?

・・・・・・・。

その前にわたしは、そんなことができるのか?

考えられない。
フフ・・・一生独身か?悪くないな。
・・・お前は・・・。

考えたくなかった。
もう一度ハンカチを絞りなおして、
開かぬ目にあてなおした。

わたしは、父上の与えてくださった世界の、
前だけを見て、必死にやってきた。
お前と一緒に・・・。
お前が、何を見ているかなんて、気にならないくらいに、
お前の存在は、自然で・・・。

わたしは、お前を、見ていなかったのだな。
甘えて・・・甘えきって・・・。
今だって・・・・。

考えたくない・・・。

「ふう。」
部屋へ帰ろう・・・。わたしの部屋へ。
また、一日が始まる。今日は、朝から、昨日の休暇分の報告を受けて・・・。
ああ・・・。
アンドレ、頼むぞ。また、忙しい一日だ。

最後にもう一度、ハンカチを裏返して目に当てなおし、
ベッドに手をかけて、立ち上がった。

名残惜しい・・・。
視線を、お前の顔から離せない。

もういちどかがんで、間近から覗き込む。
お前の唇・・・。
ヘンな衝動にかられる。
ナンナンダ。
そのココロを少しずらして、ハンカチの上から、
お前の目に唇を重ねる。
「ハヤクナオレ。」
照れ隠しに、小さく、おまじないみたいに言ってみた。

それから、昔、いつも、お前がしてくれたように、
頭のテッペンにもう一回軽くキスを落として、
あわてて立ち上がった。
『う・・・結構恥ずかしいぞ。』

サイドテーブルから燭台を握り締め、テーブルの上に置きなおし、
そそくさと、長椅子にかかっている、上着とコートをはおる。
袖を通しながら、テーブルの上の本に目がとまった。

『ヌーベル・エロイーズ』
「拝借するぞ。」
本と蝋燭を取り上げた。

扉に向かいながら、さっきのキスのことを思い出す。
あのキスは、わたしの背より、
お前の頭が1つ分高くなった頃に、よくしてくれた・・・。
最後に降ってきたのは、いつだったかな・・・?
もう、遠い昔・・・でも、つい最近のことのような。

そっと、ノブに手をかけた。
閉める間際に、もう一度ベッドを見つめたが、
ぐっすり眠っている様子に安心して、
ゆっくり、ドアをしめた。



      
NEXT(2−6に飛ぶ)

                       

torishさま作・部屋の隅の気持ち。2<アンドレバージョン>はコチラから! 必読デス(はあ
と)。




                            京都府南部のたんぽぽ
SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO