部屋の隅の気持ち。 2




6.仕事。

「ケっ、朝っぱらから、かったりぃ」

昨日、休暇日であった、第1班。
班長のアランは、昨日の申し送りを受けるべく、司令官室に呼び出されていた。
司令官室には、オスカル、アンドレ、ダグー大佐、第1班直属の分隊長、
そして中隊長以上の将校。

はん。
なんで、休暇のローテーションが隊長と同じなんだ?
ま、イロイロと騒ぎをおこしたから、監視下におきたいってワケか。
休暇だけじゃねぇ、勤務関係ほとんどオンナジだ。
だいたい、オンナジでも、あの女は司令官室でふんぞり返ってりゃいいものを、
イチイチ顔出しやがって。
今日だって、申し送りなんぞ、分隊長経由で聞きゃ済むってもんだろ?
なんで、隊長さまと一緒に、ありがたくお受けしなきゃなんねーんだ。
やってらンねーぜ。

おかげで、あの片目野郎とも、常に行動をともにしなきゃならねえ。
うっとおしいったらない。
もっとも、フランソワたちは、すっかり馴染んでやがるがな。
先月は、あいつら、誕生日の前祝いまでやってやがった。
金もねえくせによ。
・・・って、結局ほとんど、アンドレの野郎が出したって話だが・・・。
ったく、ナニ考えてんだ。バカじゃねぇか?

「・・・・・・ワソン・・・アラン・ド・ソワソン!!
 アランっ!聞いているのか?!」

「ハイハイ、聞こえてますよ。
 しかし、昨日のパリの情勢なんぞ、ご丁寧にお聞かせくださらなくったって、
 もう、わかっております。
 昨日は、パリの実家でしたからね。
 分隊長殿、爆竹騒ぎは、3回で無くって、
 午前11時・午後2時・午後3時そして午後5時の4回ですぜ。」

「アラン!」
オスカルはたしなめるように言う。

「ハっ。小さい小競り合いを入れたら、もっとだ。
 市庁舎前の、クレーヴ広場は、相変わらず賑やかでゴザイマス!」

「アラン、もういい。」
オスカルは一息ついて、気を取り直して、皆に言った
「とにかく、先日のような発砲による死者は出さぬよう。
 小さい騒ぎのうちに、抑えるんだ。
 いいな?発砲は極力避けろ。
 しっかり、各中隊、統率をとれ!」

オスカルが、細かく指示を出し、各部署へ皆が移動しようとした時、

兵営が少しザワついた。

[ドン・ドン・ドン・ドン・・・・・]
扉が荒々しく叩かれた。

「入れっ」

「隊長、大変です。クレーヴ広場で、またもや、発砲事件です!
 今、早馬がかけつけまして・・・!」

「・・・で、被害は?」

「詳しくは解りません。ただ・・・」

「ただ?」

「我がフランス衛兵隊は現場に指揮官がおりませんで・・・
 非常に混乱しておる様子です。
 警察からもクレームが・・・」

「はぁ?本日のパリ巡回の振り当ては?」
オスカルが怒りを抑えて、ダグー大佐に聞く。

「C中隊です。」

「モーリ少尉だな?」
オスカルは、またか、という表情で吐息した。
現場に赴かない指揮官たち・・・。

「ヒュウ。貴族様のなかのお貴族さま〜」

「アラン、いい加減にしろっ!
 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 よい、わたしが出る!
 今、待機中の中隊から、1班借りるぞ。」

え?イヤ〜な予感・・・
おいおい、今日は、休暇明けで、
待機してゆっくりできると思ったのに。

「アラン!なにブツブツいっている?
 解っているな?」
お前のトコロだ!!・・・目はそういっていた。

「・・・・・・・ハイ。隊長」
ほ〜らおいでなすった。

「アンドレ、早馬の隊員のところへ行って、詳しく状況を。
 その後、お前は先に現場へ乗り込んでいてくれ。
 馬を使え。
 ダグー大佐、ココを頼ぞ。すぐ打ち合わせだ。」

軽く会釈をして、司令官室を後にするアンドレ。

な〜んか、ヘンだ。やっぱりへんだ。
ナンにも言わずに出て行きやがった。
目もあわせていかなかったぜ???
野郎、からかって、ウサ晴らしてたってゆーのに、
この俺サマが、気ぃ使うほど、ヘンだ。
いや、勤務中はまだましだな。休憩の間、見てられねーぜ。
このあいだは、ちょっと声かけてやったら、
この俺サマを’ケツの青いガキ’呼ばわりだ。
おめえは、大人で、恋の悩みも複雑だってコトか?
ハン。マジで馬鹿馬鹿しいぜ。
だいたいあんな女のどこがいいんだ?

「ダグー大佐、衛生班の人間も少し借りるぞ。
 できれば、軍医も連れて行きたいのだが・・・」

ダグー大佐と打ち合わせているオスカルに目が行く。
 
はーーー。確かに美人だ。
だけど、女か?女として見れるか?
女なんてモンは、若くて、可愛くて・・・
優しくて、気立てがいいのが一番だぜ。
あんな女、見たことねぇ。
なんなんだ、あいつは。
考えてる事すら、わかんねぇぜ。

「アラン!
 何を見ている?わたしの顔になにかついているか?
 グズグズせずに、早く仕事にかかれっ!」
 
「! はい〜。」
おっといけねぇ。仕事だ仕事。

アランは、司令官室を後にする。
しかし、頭の中は、まだ、切り替えられない。

フランソワの話じゃ、ガキの頃から一緒だとか・・・。
野郎、何年想い続けてるんだ?
ヘンな関係だぜ。マジ、ナンにもないらしいな。
ま、俺サマには、まったく関係ないことだケドな。
あんな、年増・・・!アンドレは奇特なヤツだぜ。
俺だったら、報われない恋なんて、まっぴらゴメンだね。
早々に、カワイイ女に乗り換える・・・っと、
さっ、急がねーとな、また、どやされる。



オスカルが現場に到着すると、一応騒ぎはおさまっている様子であった。
広場の入り口付近で待っていたアンドレの報告を受け、
事態を把握する。

「死者は出てないんだな?」
「ああ・・・パリ衛兵が爆竹で狙われたらしい。」
「・・・で発砲か。
 我が衛兵隊は?」
「一応、広場に待機させてある。」

自然発生的な民衆の騒擾か・・・煽動者による意図的なものか・・・。
どちらも・・・か。

オスカルの愛したパリ、その面影は、もはや無い。
昼間で、太陽も出ているのに、なぜかどんよりしている。
広場の周りの建物も、荒れ果てている・・・。
[ト・・・ン]
その壁を、握りこぶしで軽くたたく・・・。
どうしてここまで・・・。こうなる前になぜ・・・。
いつも繰り返され、そして、今となってはどうしようもない問いかけであった。
アンドレの瞳を悲しそうに覗き込む。
『お前は、この仕事をどのように感じているのだ・・・。
 こうなってしまったパリを・・・市民を・・・』

お前は、最近、わたしの目をまともに見ない・・・。

そのとき、少し離れた所から、ラサールが叫んだ。

「隊長ーっ!上ーーーーーーーーっ!!!!!」

[バリバリバリバリバリバリバリバリバリっっ!!!!!!!!!]

爆竹が建物の上から投げつけられた。

条件反射的にアンドレがかばい
覆いかぶさっていた懐からオスカルはすばやく抜け出し、
犯人を確認すべく、建物から離れ、空を仰ぐ。

屋根の上に、2つの影。

「アンドレっ!」
オスカルは銃をアンドレに投げ渡し、
アンドレ向かって猛然と走り出す。
アンドレは、速攻、慣れた様子で、
腰の前で手を組み、足場を作る。
そこに足をかけたオスカルは、軽々と跳ね上げられ、屋根に上っていく。
あっけにとられていた隊員に向かって、アンドレが叫ぶ。

「アラン、フランソワ、頼むっ!」

そういうと、アンドレは、2人に向かって、走り、
とっさに構えたアランと、反応できなかったフランソワを足蹴に、
銃を2丁抱えたまま、スルスルとオスカルの後を追って屋根によじ登った。
フランソワは、その反動で、ぶっ飛んだ。

なんとか衝撃に耐えたアランに、頭上からオスカルのゲキが飛ぶ。
「班長!フォローを頼むぞっ!」

うっ!サルかあいつら・・・!
「フランソワ、ジャン!続くぞ!!!
 残りのヤツラは、銃口コントロールしたまま、目標を下から追え!
 射程範囲を超えたら、移動!
 発砲は、最悪の事態時のみだ!」



『できるだけ、銃は使いたくない。
 これ以上、騒ぎを大きくしてはならない。』
オスカルは、2つの影を追いながら必死に走った。

銃を使いたくないのは、ヤツラも同じだろう。
逃走経路を警官にバラスようなものだ。

屋根の切れ目で、2つのうち、1つの影が、
立ち止まり、オスカル向かって、突進してきた。
手にはナイフが光っている。

「うわぁぁぁぁぁあああああああーーーっ!」

思ったより小さく、少し高い声の影を、
オスカルは簡単にかわし、足を引っ掛ける。
バランスを失った影は、それでも、体勢を整え、
襲いかかろうとする。
しかし、その瞬間、後ろから伸びてきた手に引き戻され、
頚動脈に一発くらい、屋根に押さえつけられる。

「オスカル、行けっ!」
アンドレは銃をオスカルに投げ、顎をしゃくって、合図する。

先を行ったもう一つの影は、右側の屋根に飛び移っている。
目標をとらえた、オスカルは、再び走り出す。
アンドレは、気を失っている影から、
顔をくるんでいたマントをはがす。
まだ、あどけない顔をした少年であった。

「アンドレ!」
追いかけてきたアランが走りよる。

「オスカルを!右側の棟だ!」
アンドレは、犯人の動きを完全に封じ込める為に、
手を休めずに言った。

「はいよっ」
アランは、速度をゆるめず、アンドレの横を走りぬけた。
その後、しばらくして、よたよたと、フランソワ、そしてジャンがやってくる。
もうかなり、息が上がっている。

「アンドレ〜・・・」

「情けない声を出すな!
 コイツを頼む!!
 ここに拘束しておいてくれっ」
そういうと、アンドレも、オスカルとアランの後を追うべく走り出した。

若い爆竹犯は、手を後ろでに縛られ転がされていた。
まだ、気を失ったままであった。

「はぁはぁ・・・、なんで、あんなに身軽なんだ??
 ちょっと前、世間を賑わした、黒い騎士も真っ青だぜ?」

「ぜぇぜぇ・・・そ・・そ・そうだな。し・し・んじ・しんじら・れねぇ。」

フランソワとジャンは、犯人を見下ろしながら、肩を上下して言い合った。



オスカルは、必死に追った。
しかし、相手は、この界隈に土地勘があるのか、
スルリ・スルリと屋根を飛び移り、視界から消えた。

『くっそ、下に降りたな・・・』
オスカルも飛び降りようとした瞬間。

[ガーーーーーンっ]

銃声が響いたかと思うと、自分の肩の金のモールを
2房ほど飛ばされていた。
あわてて、姿勢を低くする。

くっ・・・もうひとりいたか。
どこからだ?!
いまので、警官も動き出すな。
この辺、ごった返すぞ・・・。

追跡は、半分あきらめながら、屋根から飛び降りた。
あたりに、人の気配は無い。
そうとう奥まった、居住区に入り込んだようだ。

『深追いは危険だな。一旦引き返すか。』

そう思った瞬間、背後に人の気配を感じ、
ふりかえりもせず、
銃床の後端を相手の鼠蹊部めがけて、突き降ろした。

「うわ〜っち!」

「あ・・・アランかすまなかった。」

「さっきのやつは?銃声が・・・ 」

「逃げられた。」

「 ううう・・・痛てて・・・もうちょっとで、種無しになるトコロだったぜ!」
太ももをさすりながら、アランが恨めしそうに言う。

「背後に立つ方がワルイ。
 それに、無けりゃ無いで、身軽でよいぞ。」

「お?そのワリにアンドレは身軽ですね、ヤツはいいモン持ってますぜ?」

「はっ、毛の無い頃なら、見た事あるがな、今は知らん。」

「じゃぁ・・・」

「このお上品な話は、まだ続くのか?
 種がいやなら、前歯を蒔いてやろうか?
 わたしは、獲物に逃げられて、イライラしてるんだっ。」
オスカルは、先ほど、アランの股間を狙った銃床の突端を、
今度はアランの口元に突き出す。

『お・・・女じゃねぇ・・・』
俺は、苦笑して、白旗を掲げた。
しかし、鋭かった眼光が少しばかりやわらいだので、
アレ?・・と思ったら・・・

「アンドレ!」

アンドレは銃床で、グイ・・・と押されている俺に一瞥を投げて、
近づいてきた。

「どうだ?逃げられたのか?」

やつの視線は、言葉と違った動きを見せる。
隊長を頭の先からつま先まで細かく探るように見つめた。
そして、ほつれた肩口の金モールの上で、しばしとまる。

「だめだ、これ以上は、追えん。一般市民に危害が及ぶ」
隊長の視線も同時に、同じように、動いたのだろう。
野郎の腕のカギ裂きを見て、腕を取り、なんともないことを確認したら、
すぐ手を離し、おろした。
「捕らえたやつは?」

「フランソワとジャンがさっきの場所で、見張っている。」

「では、戻ろう。
 警察が来て、ややこしくならないうちに・・・。
 あの組織には、事後報告が一番ラクでよい。
 アラン、お前は、一足先に第1班を、
 広場で待機中の隊と合流させてくれ。
 指揮権は、お前にあずける。」

「はぁ?一兵卒の俺に・・・ですか?」

「どうせ、将校クラスの人間はおらん。
 頼んだぞ。
 フランソワとジャンは、わたしと行動させる。
 では、後で。」

そういうと、隊長とヤツは、歩き出した。

歩き出す瞬間、
隊長の後ろについたアンドレが、
とれかかってブラブラ揺れていた隊長の肩の金のモールを、
わからないようにプツリと引きちぎり、軽く握り締めて、唇に押しあて、
祈るように高く放り投げたのを、
俺は見逃さなかった。

2人はまた、屋根に上がった。
しかし今度は、抱き上げるように、大切に、
隊長は、扱われていた。
そして、先に上がった隊長は、アンドレの腕をシッカリ引いた。
俺は屋根の上の2人が見えなくなるまで、見つめていた。
何故だかわからないが、目が離せなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


フランソワたちは、悲しそうな顔で、わたしたちを待っていた。

「さあ、どうしたもんかな。」

「隊長・・・。」

「た・・・た・た・隊長・・・。」

「まだ、子供だな。」

「俺の兄弟と変わりありません・・・!」
フランソワは、懇願するような目でわたしを見ていた。

「しかし、このまま野放しにするワケにはいかんな。
 ・・・・・・・アンドレ、ベルナールを探せるか?」

「ああ・・・さっき、広場のハズレで、演説していたから、
 まだ、そのあたりにいるだろう・・・。」

「じゃあ、わたしたちは、こいつを、あの教会の庭へ運ぶから、
 ベルナールを連れてきてくれ。
 フランソワ、ジャン、こいつをあの茂みへ。」
わたしは、屋根の上から見える、一番近い教会を指差した。
「なるべく目立たぬように・・・、いそいで行こう」

「隊長!連行しないんですね?」

「ま、その筋の人間に聞いてみてからだな。
 いくら子供でも、極悪人を放すわけにはいかんからな。」

このように、成人に程遠い少年まで・・・。

教会へ向かいながら、また、解けぬ思いにとらわれた。

われわれは、一体、何に立ち向かっているのだ?
何が正義だ・・・・・・・?
われわれが抑えようとしているものは、ナンなのだ・・・。
王宮警護をしているときであれば、話は簡単明瞭であった。
王家に忠誠を誓い、よからぬ不穏分子を一掃すればよかった。
だが・・・だが、今は・・・。
われわれが、守るべきは、いったいナンなのだ。
パリの市民は、意味無く粗暴になっているわけではない。
彼らの生活が・・・命が、かかっているのだ。
わたしは、この仕事の意味が、ときどき解らなくなる。
苦しい。つらい。自分が正しいのかどうかさえ、解らなくなる。
時々、絶叫したくなることがある。
・・・アンドレ。。。お前は何を考えている?
なぜ、いつも、黙って仕事をこなせるのだ?
お前の苦しみは、わたし以上ではないのか・・・?
お前は・・・お前は貴族ではない。
お前は・・・。

昨夜約束したばかりなのに・・・。
漠然とした不安が襲う・・・。
「どこへも行かない」・・・と。

もう何日も、埋まらない空気、・・・溝・・・??

わたしと、おまえの間にあるもの・・・。
そんなもの、今まであったのか?
見えなかっただけなのか?
わたしが、気付いていなかっただけか??

あるとしたら、それは、誰が作ったのだ?
社会か?親か??・・・お前か???・・・・・わたし・・・か・・・??????



                
ううう、もう、最後まで行こうと思ったのに、やっぱ、終われなかった・・・たぶんつづく。


      *
衛兵隊シーンを書くにあたって、
            若紫様編の『マリー・アントワネットの最後の牢獄 付録・実録フランス衛兵隊』
                                             を参考にさせていただきました。
        若紫様に心より、感謝いたします。




NEXT 2−7に飛ぶ。




      
京都府南部のたんぽぽ           torishさまの部屋隅<アンドレバージョン>



09/12/02UP
SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO