部屋の隅の気持ち。 2




7.隊長


俺たちはアンドレが戻ってくるのを待った。
教会の横のちょっとした木立の中で。
色づいた葉っぱをカサカサ踏みながら、
ぼろいマントでくるんだ少年をジャンと担いで、
隊長の後に従いここまで来た。

風が吹くたびにスゴイ量の木の葉が舞って、
黄色や赤が目の前でクルクルと輪を描いて飛んだ。
金色の隊長の髪も一緒になって舞っていた。
それは秋の色にとても馴染んでキレイだった。
でもなんだか、その姿は景色に溶け込んで消えてしまいそうだった。
実体が無いような・・・あ・・・影がないんだ。
いつもなら、必ずついている影が・・・。
アンドレの存在が隊長を人間なんだと思わせてくれる。
隊長一人だけだと、なんていっていいのかな・・・。
この世のモノとは思えないというか。
喋るとすごく存在感があるんだけどな・・・
うーーーん。上手く言えねぇや。



隊長は少年を足元に寝かせ、大きな石の上に腰をかけて、
黙ったままだった。

何を考えているのだろう。
俺たちとは違う人間。
考えている事など解るはずも無い。
『何を考えているのですか?』
この隊長だったら、話しかけたら笑顔で返事をくれそうだった。
本当なら俺たちから話しかけるなんてとんでも無い存在。

俺たちとは違う人間。
食べるものから違う人間。

先日、招待された隊長のお屋敷での舞踏会。
俺は皆とともに隊長の用意したのであろう馬車に乗り込み、
生まれてはじめての舞踏会というものにどう振舞ってよいかも解らないまま、
こざっぱりした身なりの男に、ただ促されるままに会場へ向かった。

皆は興奮していた。普段踏み込めない別世界に。
とにかく、違っていた。なにもかも。
キラキラしていた。全てが。
ピエールのやつは、目をハートにしてうっとりしていた。
俺は気おくれがして・・・。
ホールの隅から隅まで目を凝らしアンドレを探した。
でもアンドレの姿はどこにも見当たらなかった。
俺たちはこのあとどうしたらいいんだ?
とても不安になった。

キレイに着飾った他の招待客たちは俺たちを遠巻きに見ていた。
まるで、迷い込んだ牛や馬を見るように。
場にふさわしくない俺たち。

見たことすらない食べ物、飲み物。
「おい!これナンだ?」
誰かが聞いても、
何で出来ているのか材料すら言い当てられなかった。
そのときは胸が詰まって、今、味も覚えていない。
何食ったんだろう・・・。

とにかく居心地はサイアクだった。
皆は嬉々とした顔で、飲み食いしていたけれど。
遠巻きに見ていたキレイな格好の招待客たちは、
口々に文句をたれていた。
「こんなふざけた舞踏会があるか!」
ああ・・・俺たちの存在はふざけているんだな。
「なんのためにわれわれをあつめたんだ!」
???何か目的があったのかな???
「オスカル・フランソワのドレス姿を拝めると思って
 わざわざやってきたのに」
隊長がドレス???
「まぁもともと求婚なんぞするつもりはなかったがね」
求婚???
「ははは!そりゃ君にはムリさ。
 本命のジェローデル少佐が降りない限りね。
 たいそう熱心に申し込まれているようですよ。
 たとえ申し込んでも君にはお鉢は回ってこないですね。」
?!
「そういう君はどうなんだい。
 君は申し込むつもりだったのですか?
 あのジャルジェ准将に結婚を。」
「悪い話ではないからね。
 エントリーくらいはさせてもらうよ。
 ジャルジェ家の後を継げる魅力を考えてみたまえ。」
隊長・・・結婚するんですか?
この話を聞いて、横のジャンの顔を覗き込んだけど、
ジャンのやつ、飲み食いするのに必死でなにも聞いちゃいなかった。
俺の視線を感じて、
「フ・・フ・フラ・フランソワ、
 ちゃ・・ちゃんと・ちゃんとく・・食っとけよ!」
そういうとガツガツと皿を空にしていった。


日付がすっかり変わってからまた用意された馬車で、
兵舎に帰ってきた。
その夜のことをアランに話そうか・・・と思ったが、
アランはとても機嫌が悪く、話しかけれる雰囲気ではなかった。
触らぬ神に祟りなしだ。

アランは・・・士官学校まで出たアランなら、
少尉だったアランなら、
舞踏会ってものに一度や二度は出た事あるのだろうか?
や・・・もっと出た事あったのかな?
俺があの時はじめて食ったものを、食べた事があるのかな。
アランは貴族だ。
今は俺たちと同じものを食う人間ダケド。

ジャンは・・・。
ジャンを振り向いた時、
やつは木の根元に座り込み舟をこぎだしていた。
隊長はそれを見て笑っている。

「ジャ・・・」
俺が声をかけようとしたとき、

「ああ、いい、いい。
 アンドレが戻ってきたら起こしてやろう。
 わたしが雷を落とすよ。フフフ。」

変わった隊長。
厳しく、強く、でもユーモアがある。
そして、優しい。

「隊長、ご結婚なさるんですか?」
言ってから、自分が何を口にしたか気付いた。
隊長に話しかけるなんて、しかもこんな質問をするなんて!

隊長は少し驚いた顔をしたけど、
「わたしにドレスが似合うか?」
・・・と、俺に聞き返した。
隊長のドレス姿?想像がつかない。
衛兵隊に隊長が就任した時、
’女の隊長’として、目くじらをたてていた俺たち。
でも、初めて見た姿に驚いた。
きれいな人間ではあった。
でも、女だなんて思えなかった。
女ってもんは、もっと違うもんだ。

アランだって、女・女と言っていたけど、
あのアランが女相手に本気で怒るわけがない。
女だなんて思っちゃいないと思う。

そういえば、俺が貧血起こして倒れていた時、
見舞いに来てくれたみんなが、
アンドレと殴りあいのケンカをしたと、
面白おかしくはなしてくれた。
あの頃は、アンドレにもひどいことをしていたな。俺たち。
アランが隊長のことでアンドレをからかうのは日常茶飯事だった。
今でもよくつっかかっている。
でもアンドレは上手くかわす。
慣れっこのように。今に始まったコトではないように。
なのに、あの時は先にアンドレが手を出したという。
『まともな女かどうか』
アランのその言葉にアンドレは、
『てめえらにオスカルの女らしさがわかってたまるか!!』
・・・と激怒したらしい。
みんなは、俺のベッドのまわりで
「わかるわけねーよなぁ」と言い合って笑っていた。
俺は笑えなかったけど、やっぱりわからなかった。


隊長から女を感じた事は一度も無かった。
『わたしにドレスが似合うか?』
俺は、どう答えてよいのか解らなかったので、
とりあえず首を横に振ってみた。

「ハハハ。はっきり言うやつだな!
 わたしにはドレスは似合わんか。
 そうだな。」
「い・・・いえ、そういうわけでは。」
そう答えるのが精一杯であった。

「そういうことだ」
隊長は短い答えを返した。

どういうことかな?結婚しないという事ですか?
「お・・・俺は隊長にずっと隊長でいてほしいです。」
また口から勝手に言葉が出た。
言った後で恥ずかしくて顔が真っ赤になったような気がした。
隊長もまた少し驚いた顔をして、今度は優しく微笑んだ。

女を感じた事のなかった隊長の顔が、聖母さまのように見えた。

それからしばらく沈黙が続いた。
それを破ったのは、数人の足音だった。

「オスカル」

「ここだ、アンドレ!」

アンドレが見知らぬ男を数人連れていた。
隊長が立ち上がり歩み寄る。
俺はちょっとギョッとした。
アンドレが2人いた。

「ベルナール、呼びたてて申し訳ない。
 こちらの方々は?
 ・・・あ、コンドルセ候!」
「やあ、ジャルジェ准将!久しぶりだね!!」
「ご無沙汰しております!
 ベルナールとお知り合いだったとは、知りませんでした。」
「新聞の仕事でちょっとした縁があってね。
 アンドレが彼を探していたので、わたしも君に一目会いたくて、
 ついてきてしまったよ。本当にいつ以来だろうこうして話すのは。」
「あ・・・おとどしのご結婚の際はお祝いにもかけつけれず申し訳ございませんでした。」
「ははは。あの時は、君とても忙しかっただろう。
 黒い騎士を追っていたのだからね。
 ・・・感謝しておるよ、君には。君たちには。」

一瞬、微妙な雰囲気が流れた。
隊長とアンドレとベルナールという男の間に。

コンドルセ候とやらは、ゆっくりうなずき微笑んだ。

なんのことだかわからないで呆けている俺にアンドレが近づいてきて、
コッソリと話してくれる。
アンドレはいつもこうだ。
別に説明などしなくてもいい俺たちにも、
いつもそっと寄ってきて説明してくれる。
たいてい無視される存在なのに。
「コンドルセ先生は、数学の先生だ。俺も習ってたんだぜチビの頃な。
 今は、科学アカデミーの終身書記をなさっておいでだ。」
「あのベルナールってやつは、お前の兄弟か?」
「ははは!よく似てるだろう? 他人だよ。全くの。
 やつは、新聞記者。いろんな所で演説ぶったりしてるけど、
 お前見たことないのか?」
「あんまり興味ないからな〜」
「はは。平和なヤツだ。
 あとは俺にもわからないな。きっとベルナールの仲間だろう。」

アンドレはクスリと笑いながら俺から離れ、
まだ寝こけているジャンの所へ行って、揺すって起こした。
ほんとうにヤツは隊長の仕事が円滑に行くようにすべてのお膳立てを次々にする。
最近は元気が無いけど・・・。


「ベルナール、この少年を知っているか?」
「いや・・・お前らこの少年を知っているか?」
ベルナールは仲間に聞いてみたが知る人はいないようだ。
その時、少年が目を覚ました。
自分が括られ回りを囲まれていることに気付くと青ざめた顔をした。

「落ち着け少年。お前、自分がしたことは解っているな?
 さぁどうしたものかな・・・ベルナール、
 お前だったらその道で悪名をたてている輩を把握しているだろうと思って、
 相談したいのだがな。」
「ああ。お前、名前は?」ベルナールがうなづきながら小僧に聞いた。
「・・・マルタン」
「何故こんなことをした?誰に頼まれた??」
「・・・・・・・・・。」

「マルタン。お前が極悪人とはおもえないが、
 ワケを話せぬなら、連行せねばならない。」
隊長が静かに言った。
「・・・パンが・・・パンが欲しかったんだ」
小僧が力なくつぶやいた。
「そんな・・・」
いいかけて、隊長はうつむいた。
変わりにベルナールが続けて聞く。
「誰に頼まれた?」
「知らない。爆竹をまいたらパンを1週間分くれるといわれただけだ。」

本当に知らないんだろう。
爆竹をまいたところで、実際にコイツがパンにありつけるとも思えねえな。

「オスカル・フランソワ縄をといてやってもよいか?
 この少年は俺たちが連れて行く。
 責任持ってこの子の居住区の長に預けてくるから・・・」
「ああ。まかせる。
 ジャン、フランソワ、縄をといてやれ」

ベルナールたちが少年を囲んで立ち去っていっても、
コンドルセとかいう先生は残って隊長に話しかけた。 

「ジャルジェ准将・・・わたしは、子供たちはちゃんと守られて、
 皆平等に教育を受ける権利があると思う。」
「・・・先生のお書きになっているものは、拝見しております。」
「わたしはこのままではいけないとおもう。」
「・・・コンドルセ候、お話とても興味深く、
 じっくりお伺いしたいのですが、職務執行中ゆえ、またの機会に・・・」
「ああ・・・悪かったね。
 いや、近々お屋敷に伺おうと思っていたのだよ。
 では、その時にでも。」
「?」
「わたしはこれからますます忙しくなる。
 アンドレをわたしの片腕に乞おうと、
 ジャルジェ将軍にご挨拶にあがるつもりだ。」
「先生!!」
アンドレが声を荒げた。
「どういうことですか?
 そのお話、以前、父は断っていたのでは?」
隊長はいたって冷静に聞き返した。
「そう、彼が12の時からわたしに預けてくれるよう申し出ていた。
 その後も時に触れ頼んでいたのだがね、断られ続けたよ。
 ジャルジェ将軍だって、8歳でアンドレをわたしに引き合わせたときは、
 ゆくゆくは、わたしと同じ世界でやっていくようお考えだったと思うんだがね。
 貴女がどんどん理想の息子としてやっていけることを実証した為、
 アンドレの将来は当初将軍が描かれたものと異なってしまった。
 貴女も知っているだろうが、科学アカデミー内は、この身分制度社会のなかでも、
 出自をとわず、平民層出身者でも実力でやっていける世界だ。
 将軍はアンドレの数学の才能に目を付けられておられた。
 わたしも、将来彼は年金会員としてやっていける才能をもっていると保障しました。
 でも、彼は貴女とやっていく道を選んだ。
 もちろん将軍もそう望まれた。
 しかし、今なら、きっと貴女の父上はわたしの申し出を受けてくださると思うのですがね?
 彼は研究をしていないから、会員の道は閉ざされてしまったが、
 わたしの秘書として働いて欲しい。
 有能で善良な人物をわたしは心から欲している。
 それにアンドレは、軍隊に身を置くより、こちらの世界の方が力を発揮するだろう。
 どうだろう、ジャルジェ准将・・・貴女が軍隊を辞された後・・・」
「わたしは、この仕事を辞めるつもりはありません!」
「ははは。先日のジャルジェ家の舞踏会の一幕は聞き及んでいるよ!
 実に貴女らしい。
 しかし、貴女の父上は貴女のご結婚に本気でいらっしゃるようですよ。
 女性の貴女が男社会で人並み以上にやっておられる姿は、わたしとしてはとても嬉しく、
 軍をひかれるのは、残念でもあるのだが。
 わたしもつらいのだよ、つけいるようなことを言って。
 だがアンドレがフリーになるこの機会を逃すわけにはいかない。
 なにも、ジャルジェ家から完全に連れ去ろうといっているわけではないのです。
 毎週水曜と土曜に行われる通常集会にだけ、こちらの仕事を手伝ってもらって、
 あとはジャルジェ家で・・・」
「申し訳ございません。隊を率いて出てきておりますゆえ、失礼いたします。
 アンドレ!ジャン、フランソワ、戻るぞ!!」
きびすを返して立ち去る隊長にコンドルセ候は、なおも言葉をかけた。
「よく考えておいてくれたまえ!頼むよジャルジェ准将。わたしも真剣だ。」
「先生・・・何度も申し上げてきましたが・・・」
アンドレが残って話しかける。
「君も良く考えておいてくれたまえ。
 君にとって、魅力的な仕事だとおもいますよ。」
「いえ、わたくしは・・・。失礼いたします。」
そういうと小走りに隊長の後を追った。

俺はさっぱりわからなかった。
ジャンはもっとわからなかっただろう。

隊に合流したあとの隊長は、淡々としていて・・・。
いつもなら俺たちにかけてくれる言葉もなく、
その日の仕事は終わった。

ここのところおかしかったのはアンドレだけじゃなかった。
隊長もいつもの隊長でないときがあった。




NEXT(2−8)


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コンドルセさんをどうしても出したくって・・・。
ちょっと無理やりかしら・・・。
・・・で、また終われなかったわ。
ホンマ、どうしましょう・・・。
またしばらくお休みだ!!!


      
京都府南部のたんぽぽ           torishさまの部屋隅<アンドレバージョン>



11/25/02 UP
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